脇腹を貫く刃の冷たさが妙に鮮烈で、けれどその冷たさはすぐに灼熱の痛みへと変貌した。
「……ッ!?」
「――先走るなって、言ってんだよ」
シャインを組み伏せて覆い被さった架禄は、低い声でそう耳打ちした。
声も姿も、あまりにも彼に生き写しなのに、宿る色は酷く冷たい。自分を床に縫い止める刃と同じように。
「っう、あ、ああ――ッ、ぃ、あが……ッ!」
刺し込まれた短刀を捻られて、中を無遠慮に掻き乱される痛みに悲鳴が抑え切れない。反らされた咽喉が空気を求めて引き攣る。途切れ度切れの呼吸で、その度無様に音を立てる。
その様子を見降ろして、架禄は何処までも無感情だった。
「お前が今のご主人サマと逸れて自棄になってるだとかそんなこたぁどーでもいい。俺には関係ねぇ、ご主人サマのことも知らねぇし興味もないからな」
「ッ、何が、ご主人さ――ぎ、あぅっ」
脇腹を貫いた刃で、さらに深く、腹部の中心を抉られる。脅迫のような僅かな動きでも、シャインの反駁を遮るには十分すぎた。
「反論も聞かねぇ」
「っ、ふ、あ……!」
「ただ俺が言いたいのは、てめぇの私情で好き勝手されちゃ困るってことなんだよ」
一方的に告げる架禄はシャインの腹部に膝を喰い込ませながら、横に転がしてあった手錠を手に取った。長い鎖が騒々しい音を立てる。
「復讐したい気持ちはわかる、なんて言うつもりもねぇ――確かに叡那を殺したのはあの男だよ。……手を下したのは別だけど、そっちはもう生きちゃいねえからな」
そっちなら殺されても構わなかったんだけどな、とあっけらかんと呟いてみせる。実際その少女は既に殺されていて、そのこと自体には架禄は動揺しなかった。手を下した人物とその行動には驚かされたし、酷く嘆かされたが。
その事実すら瑣末と片付けなければならなくなるだけのものを、彼は背負っていた。
「っは、あ、うるっさい、わかんないんだったらこんな、邪魔すん、――づっ、うあ、ぁ……ッ!?」
「あー、お前には何言っても無駄だったな」
諦めたように零された言葉を、シャインはどこか遠くで聞いていた。中を抉られる痛みは既に内腑にも及んでいて、身動きの一つ一つが自分を苛む刃となる。腕を取られるその動作ですらも痛みに摩り替る。
がちゃりと腕に触れさせられた冷たい金属の感触も、また。
「……っ、は……!? ッ、ぎぃ、あ!」
朦朧とした意識の中で、その意味が分からず架禄を見上げたシャインの身から、冷たい刃が勢いよく抜かれる。
床を浸し続けていた赤い液体、血に塗れた自らとシャインの身体を見降ろして、架禄は小さくため息をついて汚れた短刀を袖で拭った。
「……ち、やりすぎたか」
「……っ、は……ぁ……っく、!?」
ぐいと力無く喘ぐ身体を引き寄せ、その口を自らの首元へと近づける。無抵抗、されるがままだったシャインはしかし、瞳に映る白い首に――ごくり、咽喉を鳴らした。
定まらぬ色を宿す瞳が、妖しく光る。
「っ――たっく、どんだけ手荒に扱っても、これで生き存えられるってんだから便利なもんだよなあ?」
「……ッ、……」
嘲るように吐かれた言葉に対し反論すべき口は架禄の首にあり反駁は返らない。
血潮を啜り嚥下する咽喉ばかりが活発で、ただひたすらに、無意識のように本能のままに。
だからこそ架禄は、聞こえているかどうかも分からない言葉を吐くことが出来た。
「まあ安心しろよ。叡那が追いかけたものは俺が代わりに追いかけてやる。……お前じゃ、できないもんな?」
否定も肯定もされない問い掛けの虚しさについては、自分でもよくわかっていたけれど。
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