(見ないの? 中身)
服を脱いで裂傷の処置をするマリアットを窓の桟から眺めながら、ツェーリはそう問いかけた。声では彼に通じる言葉が紡げないが故に、脳へと直接。
返答せぬままに包帯を巻き続けるマリアットに対し、不満そうにさらに問いを重ねる。
(気にならないの? 別に見たって問題ないでしょう、あなたのことだって載ってるのかもしれないわ。明日渡しちゃうんじゃない、ねえ、見ないの?)
「余計なことに首を突っ込むものではありませんよ」
頭の中に響く声を振り払うように頭を振ると、マリアットは半目でツェーリを向いた。光の薄い瞳に宿るのは、呆れと苛立ち。
「間違いなくプロテクトが掛かっていますし、それを突破するのはオレの得手ではありません。見たくても見られないでしょうよ」
口で包帯を縛り、確かめるように軽く腕を振る。それからやっと話題の中心となっていう代物へと目を向けた。
テーブルの上に安置されたそう大きくはないメモリ。
彼が仕事で奪ってきて、これから受け渡すものだ。
(……見たいんじゃない)
「仮定の話です。興味ありませんから、別に」
冷たく吐き捨てるとベッドに倒れ込む。布団に沈む身体、傷跡だらけの身体、何度もメスを入れられた身体。その理由が、彼に施された処置が、そのメモリには収まっている可能性がある。
「モルモットが自分の運命を知る必要はない。――そうでしょう?」
額に掌をやって、半分だけ隠れた瞳は嗤っていた。口元もまた、隠しようもなく。
(……そうね)
ツェーリは先程とは打って変わって言葉少なに答えると、メモリと同様テーブルの上に置かれていたピルケースを念動力で弾き飛ばした。マリアットはそれを受け取ると、目だけでツェーリを見上げた。
(じゃあモルモットさん、ちゃんと生命維持のための努力をなさいな。忘れてるわけじゃないと思うけど)
「ああ、ありがとうございます。……忘れるはず、ありません」
答える声が妙に弱々しい。片手でピルケースを開ける手つきは随分慣れきっていた。零れ落ちた錠剤を一つ残らず噛み砕き嚥下する、同時に倒れた腕がベッドに沈んだ。掌から零れ落ちたピルケースが、布団を踊る。
ろくに服も着ないまま、髪すら解かずに、マリアットは眠っていた。泥のように。深く深く、意識を底へと落とし込んで。
その姿にツェーリは小さく溜息をつくと、先程と同様に念力で彼に布団を被せてやった。春に差し掛かっているとはいえまだまだ寒い、そんな格好で布団もなしに眠れば体調を崩しそうだった。いくら人並み以上に寒さに強い彼とは言え。
「………」
人、以上に。
ツェーリはマリアットの顔を覗き込んだ。そのどこにも、彼女の求める面影はない。人のつくりの顔をして、人のつくりの身体をして。そのどこにも、彼女の慕うた面影はない。
それでも。
(……おやすみなさい)
彼の息遣いが、彼の命が感じられるところで、生き続けることを彼女は選ぶのだ。