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 夜に跳ね起きるのにはもう慣れた。慣れた上で再び眠るか起きて朝日を待つかを選ぶのはその時の気分に拠ったが、最近は再び眠ることを選ぶ方が多かったように思う。それは今はもう忘れはしない夢を、繰り返される悪夢を見るための選択なのだが、今日は違う方を選んだ。即ち、起きる方を。
 ベッドから降りて、窓から外を見ると当然ながら景色は深い暗闇に沈んでいた。それでも暗闇に慣れた目には、電気を付けずとも十分に動ける。脂汗に濡れた寝間着に下着を脱ぎ捨て、適当なタオルで汗を拭うと真新しい下着を被る。こうして気軽に服を換えられる生活は非常に有り難かった。幾らか世話になりすぎているような気もするが。何らかの形で、報いねばならないとも思う。
 脱いだ衣類を纏めて立ち上がると、扉を開けて廊下へと出る。真夜中であろうとお構いなしに活動するような不可思議な連中の多い屋敷であるが、今日ばかりは妙に静まり返っていた。別段奇妙なことでなく、それほど気にも留めず、回廊を進んで脱衣所へと向かう。衣類を放り込んで、次へ。乾いた咽喉を潤すために台所へと向かう。渇き切った咽喉が張り付く感覚が不快で、それを解消するために足を向けたのだが、その途中で歩みを止めた。誰かいる。
「アルバート?」
 小柄な体格だけを見ればヒイラギとよく似てはいるが、見間違えよう筈もなかった。声を掛けられて、その黒い背中が、肩がぴくりと跳ねる。遅れて振り返った童顔が、ぱっと明るい笑顔に変わる。
「……ドアだぁ」
 ぱたぱたと、成年男性に似つかわしくない筈の形容がよく似合う足取りでこちらに寄ってきたアルバートは、けれど落ち着かないようにその視線を彷徨わせた。何かを隠すような、というよりかは、幾らか苛立ったような、どこか釈然としないものを抱えたような――総括して言うと、落ち着かない、と言ったところか。そんな様子だった。
 その意味を図りかねて首を傾ぐが、その疑問にアルバートが答える様子もない。そもそもがこちらの動作に気付く様子も見えず、それくらいには気が乱れているようだった。
「何をしている。こんな夜中に歩き回って」
「べ、別にぃ。……ドアこそ! どうしたのさ、一体」
「咽喉が渇いたから水を飲みに来ただけだが」
 煮え切らない口調。会話の折々、やはり視線が定まらない様子がやたら目に付く。やたらと下がった手だとか、背を丸めるような仕草だとかも。表情そのものもどこか気遣わしげで、心当たりがないが故、どうにも不審に映った。
 一つ息をつくと膝に手を付いて屈み、目線をアルバートに合わせた。必然的に近付く顔と顔に、狼狽えたように退き掛ける身体を、肩を掴んで引き留める。驚きに肩を跳ねさせる仕草が、先程アルバートを見つけた時のそれとよく似ていた。
「何か悩みでもあるのか」
「……ないもん」
「だが、様子がおかしい」
「おかしくないのぉ! 何でもないから、ね、寝ようよ? ドア」
 やたらと必死に突き返してくる右掌にそれほどの力はなかったものの、妙な必死さばかりは伝わってきた。けれど奇妙なことに左の腕は下げられたままで、そのアンバランスが妙に目を引いた。自然落ちた視線が、上の寝間着の裾を伸ばす、その仕草を捉える。
「……ああ」
 なんとなく、合点が行った。
 会話の文脈を無視して漏らされた声と、視線の先を辿ったのだろう、目の前の身体が固まる。それを良いことにその場に跪いた。自然、顔が近付くことになる。
 何にと言えば、それは、
「ど、ドア!? 何してっ――」
「大方、溜まっているんだろう」
 狼狽と混乱の渦中にあるアルバートの手を軽く払いのけて、掌を伸ばした先、前を寛げて下着を摺り下げる。
 零れ出たそれを掌に収めて、ほら、と逆転した視線で見上げてみせた。
「……隠すのが下手だな」
「な、何言って、っていうか、え、えぇー……っ!? やめ、ぇっ」
 最早目を回しそうですらあるアルバートを余所に、その昂りを握り込む。竿の根元に近い方から、幾らか力を込めて上へと。淡々と繰り返し扱くだけのそれであるが、掌の中の一物は素直に打ち震えた。先端からカウパー腺液が零れる度、それを指に絡めて塗り込める。
「はっあ……ちょ、と、ドアっ……ぁ、なんでっ、え……」
 吐息混じりの抗議は力のない声だった。声と同様、身体にも力が籠もらない。立っていられないでアルバートの掌が肩にしがみ付く、その力と重さが妙に心地良かった。
 けれど手は止めず、答えも返さず。単調な動きではあるが、波打つ感覚に合わせて。
「……ぁ、だめっ、だめ、も……っ!」
 堪え切れなくなったような、切羽詰まった声音が耳を打つと同時、痙攣したその亀頭を掌で覆った。びく、と身体ごと跳ねたそこから吐き出された液体を、一滴たりとも零さぬよう受け止める。
「……はっ、は……、はあ、ぁ……」
 幼さの中に艶めいたものが混ざったような、浅い呼吸の音が至近距離で聞こえた。最後に数度手を動かして残りの精液を絞り取ると、そこでやっと手を離した。しがみ付く身体は暫く呆然と立ち尽くしていたが、遅れて慌てて距離を取と、乱された衣服を戻しに直しにかかる。
 ついでに追加で、抗議も飛んでくる。
「……な、何してんのぉ!? ドア何してんのぉ!? なんなの一体!?」
「……これぐらいの事はよくさせられたし、貴様も知っているところだと思ったが……」
「そーゆー問題じゃないぃ!」
 駄々をこねるように首を振り、声を荒らげるアルバートを落ち着かせようと思ったところで、
「……すまない。手を洗ってくる」
 流石にコレは。掌に広がる白濁に目を落として、溜息をつくようなことはしなかったが。


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