「お前とカイジの決着はまだ付いてねえんだ。ケリも付けずに死ぬのは俺が赦さん」
何を的外れなことを言っているのかと思った。
決着など誰がいつ望んだと言うのだ。何を以てケリが付いたと言えるのか。この戯れに決着など、ケリなど、付けられよう筈もないのに。
それともあの男は決着を付けられると思っているのだろうか。こんなどうしようもない諍いに。意味も道義もない悶着に、ケリが付けられると。
その為だけに、自分の命を繋ぎ止めんと。
『――だから、お人好しは嫌いなんだ』。
どうあっても、あの男の望むようになど生きてやるものかと。
結局のところは反目だった。
差し伸べられた手があの男のものであれば、それだけで振り払う価値がある。
決着とやらがあの男の望むものなのであれば、それだけで反故にしてやる意義がある。
そうして振り払った先が冷たい井戸であったならば、それこそが自らに相応しい末路なのだろう。
折れた骨が、裂けた肉が、井戸水に晒されて悲鳴を上げる。赤い血が広がり波紋に揺らぐ。
その様を傍観する瞳も刺すように痛んで、口には鉄と泥の味をした冷たさが流れ込んで、代償のように異物じみた空気が喉を溢れて気泡が上がった。絶え間なく浮かび上がるその球体が酷く歪だ。
歪なのは気泡だけではない。暗く翳りゆく視界の一方、身体は増し行く重圧に更に軋み歪んでいく。
全身を包み押し潰す冷たさは、いつかの凍て付く日々を連想させた。
襤褸ばかりを身に纏い、口は汚らしい汚泥や白濁を啜って生きたあの日々が、成程自分に似つかわしいと。それを否定するものは何処にも見当たらない。
だからソーニャは、この全てを受け入れて――彼の全てを跳ね退けて、そのまま眠るように瞼を伏せた。