過剰干渉

TOP



「……あっのー、なにしてるんすか架録さん」
 そう狭くもないはずの自分の視界いっぱいを閉める真っ暗い影を前に、声が引きつっていることを否応なしに自覚せざるを得ない礼瀬さんでした。背後には壁で、両脇を遮るように壁についた腕があって、そんでもって目の前にはそれなんですから、逃げられようはずもありません。下から脱け出せないかなーってちょっと視線向けてみたりもしますが礼瀬さん座ってるんであんまそこにも空間とか見られない感じです。
 そんな内心冷や汗を流す礼瀬さんの気持ちとか心情とか、全体的にそんな感じのものなど知ったこっちゃないって俺様の架録さん、礼瀬さんを見返してにーっとその顔を笑みの形に作りました。前言撤回。架録さんは俺様ですし礼瀬さん見て笑いましたが、多分これ、礼瀬さんが戸惑ってんの見て楽しんでる。ような気がする。知ったこっちゃないっていうよりかは、恐らく。
 なんとなくそれが読み取れたのでしょう礼瀬さん、架録さんから一歩身を引いて離れようとしたはいいものの背後は壁です。素晴らしく無駄な足掻きでして、この虚しさ一体なんなんだろうって、自分に問い掛けてみる礼瀬さんなんですけど、それが現実逃避に他ならない自覚は一応ありました。わりと聡い子だったので、彼。ちょっと今はその聡さが裏目に出てるっていうか、そのせいでいらんことにまで気付いちゃったり気を回しちゃってる感はすごいあるんですけど。
「……んー」
「んーじゃないですよちゃんと人間の言葉話してくださいよ、定期的に人語話さないと忘れてそうで心配なんですよアンタ、ってちょ、何してっ」
 眉間びしって皺を寄せながらまくし立てた礼瀬さんでしたが、目の前にあった顔がゆっくりと自分の肩口に埋められて立石に水の非難を途切らせました。いや、顔埋められるだけなら全然よかったんですけど、いやよかないか、でもなんかこう、奴がちょっと首捻ってそれで唇ってか、生温い、舌先、が。こっちの首筋に。
「んー」
「だっからアンタ、人語話せって、さっきから! っていうか、どこ、触ってん……ッ」
 しかもなんか肩押さえられてもう片方の掌は腹を伝って、愛撫するような手付きが気色悪いと舌打ちする礼瀬さんは多分だいぶそうとう容赦ない気がしますっていうか本気で容赦ない情緒も空気もへったくれもない。
「―――ッ!?」
 故に礼瀬さんは容赦なく蹴り上げたのです。
 自衛のためとはいえ、男の人なら誰もが竦み上がるだろう行為を躊躇いなく。
「……っ、て、め……おい、礼瀬、……何、しやがッ……!」
「ッ自業自得だろうが、てめぇ何してもいいとか思ってんじゃねぇぞ!」
 トドメの一言を架録さんに叩き付けて礼瀬さん、すがるみたいに倒れてきた図体を膝で邪険にどかして床に転がしましてついでに軽く背中に蹴り入れて、これは間違いなく一種の意趣返しですけど今更すぎるような気もします。だって既に架録さん再起不能だし、不能にはなってないといいなあと思いますけど。まあ多分大丈夫なんじゃないかなあって、しぶとくしつこい男なんで。
 とりあえずそんな架録さんのことは一瞥すらせず立ち上がった礼瀬さんは普通にすたすた、襖開けて狼斗ーとか言いながら出てっちゃったんですけど、もう本当、一回も架録さんに顔向けないで。
 暫く床に沈みっぱなしだった架録さんは、漸くややも復活、むしろ半復活、いっそ気持ち復活って感じで、ちょっとだけは復活したみたいでしたのかな、ええととりあえず呟きを漏らす余裕はできて。
「……ったら、んの赤い顔どーにかしろよ……」
 力無く溢したところで、負け惜しみか何かにしか聞こえないもんでしたけど。


TOP


Copyright(c) 2012 all rights reserved.