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「……あんた、本当に最低ですね」
 縄で縛り上げられて壁に寄りかかったマリアットの表情は、怒りというよりむしろ呆れと軽蔑のそれだった。
 ソーニャは立ったままマリアットを見降ろした。嘲りを隠さないその顔が、マリアットにとってはこの上なく忌々しい。
「あははー、そりゃどうも」
「褒めてねーんですけどこの下衆野郎。何がしたいんですか一体。つーか何盛ったんですか」
 ジト目でソーニャを見上げて悪態をつくマリアットの態度はあくまでもふてぶてしかった。ソーニャは僅かに顔を引き攣らせると、膝をついてマリアットに顔を近づける。
 顎を掴まれて上向かされ、異なるブルーが視線を交わす。目の前の感情が読み取れず、マリアットの瞳が微かに揺れた。
「……な、なんですか」
「や。自分の立場、分かってんのかなって」
「は――っ、!?」
 問い返そうと開いた口が、声にならない悲鳴を吐き出す。マリアットの腹部に爪先をめり込ませ、ソーニャは冷たくマリアットを見降ろした。
「そりゃ普段だったらそっちの方が圧倒的に有利だけどさ、今の状況じゃ違うよね? そんなんで今までよく生きてこられたよね。そういうこと、前言われてたじゃんか」
「ん、な……てめ、うあッ」
「分かってないなぁ」
 爪先でマリアットを踏み躙りながら、ソーニャは言葉を続ける。
「今の君の生殺与奪権は、全部オレが握ってるってことだよ」
「―――っ」
 にっこりと形作られた笑顔はマリアットが未だかつてないほど爽やかで、いっそ不気味ですらある。
 その笑顔のまま、ソーニャは床に転がっていた酒瓶を拾い上げた。
「……で? 何か言うことは?」
「あんた、本当に――」
「ハイ、不合格」
 ソーニャはあっさりと切り捨てると瓶を振りかぶり、次の瞬間、マリアットのこめかみに衝撃が走った。勢いのままに横倒しにされ、床でも頭を強く打つ。
 打撃に頭を揺さぶられる一方、腹部の圧迫感から解放されたマリアットは強く咳き込んだ。
「う、くっ……は、かふっ、げほ」
「どうかな」
 降ってくるソーニャの声はあくまでも明るく、じわりじわりとマリアットの背筋に寒気が走った。膝を追って床に這い蹲ったマリアットを見降ろし、愉しそうに声をかける。
「分かったー?」
「………」
「……むぅ」
 声こそ上げないものの、ソーニャを見返すマリアットの瞳には反抗の色が隠し切れていなかった。
 そんな簡単に折れるとは思ってないけどさ、と事もなげに呟くと、ソーニャはマリアットを掴み上げ、先ほどと同じように壁にその身体をもたせかけた。酒瓶を開けながらマリアットを眺める。
 強く歯噛みしたその顔が、最高に気持ちいい。
「まあこれからはオレの気まぐれタイムってことで、早々にご機嫌窺いした方がいいかもー。下手な機嫌取りだと返って逆効果かもしんないけど」
 無責任なことをあっけらかんと言って、敵意を隠さないその顔の上から酒瓶の中身をぶっかける。無色透明な液体がマリアットに降り注ぎ、その髪を、肌を、服を濡らした。ぽたりぽたりと落ちる水滴を、マリアットは呆然としたような表情で見つめた。
 眉を寄せて、窺うようにソーニャを見上げる。
「……おい、一体何する気――」
「さっき言ったことも分かんないの? 君、本当に頭悪いなぁ」
 タートルネックの首元を引っ張り上げ、無理矢理に顔を近づける。怯えを隠しきれない瞳を見て、ソーニャは心からの笑みを浮かべた。そして、
「!? んぅ――」
 マリアットの頭をがっちりと固定して、震える唇に自分のそれを重ねる。
「―――痛ッ」
 ソーニャは急に顔を離すと、マリアットを放り出して自分の唇を拭った。放り出されて壁に頭を打ったマリアットは、それでも精々笑顔を作ってソーニャを見上げる。
 それを見たソーニャの、血の滲む唇が笑みを形作る。
「――へぇ」
 ぐいとマリアットに顔を近づけて、今度は口付けない。強張った笑顔が腹立たしいが、その余裕のなさはいい気味だった。自分たちの立場を再確認しながら、ゆっくりと口を開く。
「全然駄目じゃん。馬鹿なの?」
「……馬鹿は、そっちだろ」
「は?」
 不意の反駁に、ソーニャは眉間に皺を寄せた。マリアットは一瞬だけ身体を震わしたが、きっとソーニャを睨み返して言った。
「馬鹿の一つ覚えみたいに同じこと繰り返しやがって。もうちょっとバリエーションねぇのかっつってんだよ」
 敵意を剥き出したその表情が、言ってやったと満足そうでさえあるその様子が、ソーニャの癇に障った。
 マリアットを見るソーニャの瞳が、す、と不意に細まった。白衣のポケットを掌で探る。
「なんか反論あんなら、言って……み……」
 続けざまに言うマリアットの声は途中で詰まり、か細く消えた。ソーニャの取り出した注射器がその瞳に映り込み、そのダイレクトな脅威が瞳を揺らした。
「……おい」
「………」
「洒落、なんねーぞ……薬とか、って、オイ! 止め、」
 身体を捩って逃げようとする身体を、ソーニャの腕が押さえ込む。首筋を辿って静脈を探すソーニャの手つきは医者だけあって恐ろしく正確だ。首を無遠慮に探る感覚にマリアットの喉が引き攣り、ひゅうと掠れた悲鳴が鳴る。
 声を出せないマリアットにソーニャは穏やかな声で囁いた。
「どうせヤク中だろ? 最初に盛ったのは睡眠薬だったけどさ、そんなに元気ならまだやっちゃっても大丈夫でしょ。どうやら酷いのをお望みのようだし」
「望んで、なん、か、―――ッ!」
 注射針がマリアットの首にゆっくりと吸い込まれていく。以前不本意ながら治療を受けたときとまったく同じ落ち付いた手際で、あくまでソーニャが冷静であることがマリアットにはひしひしと伝わってきた。注射針に対する痛み、そして何よりも得体の知れないものを注射されているおぞましさがマリアットの身体を凍りつかせる。
 注射が終わり、ソーニャは針を抜いて注射器をポケットにしまった。マリアットの顔は血の気が失せて蒼白で、呆然とそれを見上げていた。
 その様子に気づき、マリアットを見降ろすソーニャ。
「どうかした?」
「……何、打った?」
「あー」
 想像通りというか、当然の疑問にソーニャは気の抜けた声を返しながら、ズボンのポケットを探る。小ぶりな折りたたみナイフを取り出して開くと、マリアットの前に膝をついた。酒に濡れた黒いタートルネックを引っ張り、伸びた布にナイフを添える。
「そんなん今はどうでもいいじゃん。後で分かるし」
「っ――おい! 何打ったんだよマジで、何しようとして」
「鈍いなあ。この期に及んで分かんない?」
 飄々と答えるソーニャに対し、マリアットの表情は引きつり強張る一方だ。怯えを押し殺した顔でソーニャを見上げ、口を開く。
「……まさか、そっちの趣味があるなんてな。やっぱりアレで歪んだか?」
「それは心配しなくてもいいよ」
 ソーニャの意味深な発言にマリアットが戸惑いの色を見せる。しかしナイフが服を裂き始める音に戸惑いなど即座に塗り潰され、代わりに顕れたのは――純粋な恐怖。
「やっ――やめろ!」
 ソーニャはナイフを動かす手を止め、がくがくと身体を震わせるマリアットを見降ろした。首元までしか裂かれていないのに、その顔色は青いのを通り越して最早白いとすら言える域だ。
 尋常でない怯え方にソーニャの溜飲が下がった。優しい声で問うてやる。
「やめて欲しい?」
「………」
 全身を震わせながら繰り返し首を縦に振るマリアットを見て、ソーニャはにこやかに笑った。
「そっか」
 そして一気にナイフを振り下ろす。
「い――嫌! あっ」
 ナイフは黒い服の首から胸元、腹部にあたる部分を一気に切り裂き、その下のマリアットの肌を露出させた。
 傷跡だらけの肌、その胸部には真っ白なさらしが巻かれていた。
 それは即ち、
「……っ」
 唇を噛み、絶望したような顔でうつろな視線を彷徨わせるマリアットの様子には頓着せず、ソーニャはそのさらしを切り捨てた。その下から零れ出たのは、ニコラのそれには劣るものの、それなりの質量をもった柔らかな弾力だった。
 ソーニャはそれを見降ろし、身体を強張らせるマリアットの表情を見て言い放った。
「……世界が終わったみたいな顔してるけど、伊鶴さんなんかは絶対気付いてるよ」
「――え?」
 弾かれたように顔を上げたマリアットの濡れた首筋を、ソーニャの指が触れる。緩やかに触れられるそこに、存在しないものがある。
「まあいつもタートルネック着てるみたいだから隠してるつもりなんだろうけど。こういうときとか、さ」
 注射痕を軽く指ではじかれ、ぴりりと走る小さな痛みにマリアットの眉が僅かに寄った。もう何度目かも分からない、唇を強く噛みしめてソーニャを睨みつける。その顔は蒼白というより、
「顔、赤いよ?」
「!?」
 無遠慮に指差され、マリアットはソーニャから勢いよく顔を背ける。
 その様子すら愉しみながら、ソーニャはさらしに隠れていた双丘に手を伸ばした。酒でべたつくそこに舌を這わせる。先ほど頭にかけてやった酒の、独特の匂いが鼻を突く。
「さらしで潰してるんだから、てっきり小さいのかと思ってたよ。苦しくない? これ」
「余……計な、お世話、あっ」
 触れてくる掌に、舐め上げる舌に、マリアットの細い身体が小刻みに震える。歯を必死に食いしばっても抑え切れずに漏れる吐息の熱さに、ソーニャも、そしてマリアットも気付かないわけがなかった。
 ソーニャがくすくすと笑う。
「随分出来あがっちゃってんじゃん。体質だか酔ってんだか薬が回ってんだか知らないけど」
「くす……り……?」
「そーそ、さっきの」
 とん、とマリアットの首が軽く叩かれる。
「こんなとこで医者やってりゃ、そんなもんいくらでも手に入るってね」
「んな馬鹿なっ……ひ、あ!」
 先端に歯を立てられ、びくりと身体が跳ねる。
 思わず零れたのは紛れもない嬌声で、咄嗟に口を塞ごうにもマリアットの腕は縛りあげられたままだ。叶わず、ただ唇を噛みしめるだけ。
「――いい声」
 ソーニャは目を眇めて呟いた。
 掌のなかの果実の感触を楽しむように責め、弄び、揉みしだく。強く食いしばったマリアットの口からは先ほどのような高い声は聞かれなかったが、抑え切れない喘ぎが連続的にソーニャの耳を楽しませた。
「はっ……ん、く……ぅ」
 耐える一方できつく寄せられた眉、瞬きを忘れた瞳。マリアットの顔も、首筋も、乳房に至るまでもがピンク色に染まって、鮮やかなそれは美しくもあり毒々しさすら感じられた。その肌の上を伝うのは酒と、汗と、
「〜〜っ」
 見開かれた目から零れ落ちる、透明な滴。
「? っておーい、泣くの早いよー」
 ふと見上げたマリアットの頬を流れる涙を見て、ソーニャは呆れたように声を漏らした。水滴は頬を伝い、首筋を通り、浮き出た鎖骨で他の液体と混ざり合う。ソーニャはそこに口付け、赤い跡を色濃く残した。
 そして、マリアットの顔を意地悪く覗き込む。
「お楽しみはこれから、だろ?」
 その顔からソーニャがこの状況を心底楽しんでいることが読み取れて、強制的な熱に浮かされたマリアットの頭のどこかが冷たく警鐘を鳴らした。
 息を詰めながら、ゆっくりと口を開く。
「あっ……んた、あんな経験しといて……、何で同じこと、人にできるんだ……」
「んー?」
 肩で息をしながらのマリアットの問いに、ソーニャは飄々と相手を見返した。どういうこと、とその瞳が言っている。
 マリアットは重ねて問うた。
「イヤだろ、こんな……自分がやられて、全然、分かってんのに、何で――あ、あ、やぁ! うあっ」
 マリアットの口上を遮ったのは、甲高く上がった自らの声。それが悦んでいるようにしか聞こえなくて、どうしようもない嫌悪がマリアットの胸中を黒く塗り潰した。
 ソーニャはふくらみの先の小さな蕾を乱暴につねりあげて、快楽に打ち震える目の前の身体を冷たく眺めていた。整える暇を与えられない息の熱さを感じながら、マリアットの耳先に口を近づける。
「――お前のことなんか、どうでもいいからだよ」
「――っ」
 耳元で囁かれる言葉は、甘やかなものとは程遠い。
 右では突起を強く嬲り、左では乳房をゆるく揉みながら、マリアットの耳に憎悪に満ちた言霊を流し込んでゆく。
「逆なんだよ。経験があるから、何をされたら一番イヤかってのはよく分かる」
「な……ひぅっ」
「身体が悦んでるとかそういうのはどうでもいいけど――お前、今、最低の気分だろ?」
 楽しそうに、心底楽しそうに、ソーニャはそう言い放った。
「――うぐっ!」
 不意にマリアットの肩を乱暴に掴み、壁に持たせかけていた身体を床に引き倒す。
 ナイフを取り出し刃を開き、投げ出された細い脚に手をかけて開かせた。
「い……嫌……」
 マリアットが喉の奥で引き攣った声を漏らす。それを無視して、むしろそれを受けて、ソーニャはマリアットの身体を包む黒いパンツに刃を立てた。上着よりも厚く硬いそれを、一気に引き裂いて剥ぎ取る。
 少女としての最後を守る布は酷く簡素で飾り気がなかった。ソーニャはなにひとつ頓着せずに、その防壁を破り取る。薄い布が感慨も余韻もなくあっさりと剥ぎ取られる。
 露わになったそこを覗きこんで、ソーニャは鼻先で笑った。
「ぐっちょぐちょじゃん。全然触られてもないのに」
 濡れそぼった秘裂は、伸ばされた指をいとも簡単に飲み込み、包み込む。ぐちゃぐちゃと響く水音が酷く卑猥で、マリアットに否定の言葉を与えない。
 マリアットに出来ることは、ただこの時に耐え、これからに備えることだけだ。
「ひゃっ――ぁ、ん、やあっ」
「二本目……っと。凄い凄い、どんどん入ってくよー」
 ソーニャの声音にはいっそ無邪気な喜びさえ感じられる。
 二本の指が蜜壺を引っ掻き、掻き乱し、その度に奥から奥から淫液が溢れて零れ落ちる。水音は時間に比例してエスカレートしていき、力なく倒れるマリアットの脳髄を犯し、思考を奪っていった。
 甘い痺れがぞくぞくと身体じゅうを這い回り、時折電流のようにマリアットの身体を駆け巡る。その度にあがる叫びは自分でも驚くほどに甘く、鼻にかかった女の声。
「ふっ……う、あ――あ、いぁ……」
 この忌々しい声を出さずに済むのなら喉を潰してしまっても構わない。
 この忌々しい声を聞かずに済むのなら耳を削いでしまっても構わない。
 そう考えて、けれど脳裏を過ぎるのは、一人の愛しい少女の姿。
「あ……い、やっ……っやめ、あああぁ……ぁ……っ!」
 肉華の中を動く指が弱いところを探り当て、その刺激がマリアットの思考を焼き切り、遮った。がくがくと腰が震え、弛緩した身体が力なくだらりと投げ出された。ひときわ荒い呼吸が胸を大きく上下させる。
 ぐったりと気怠るげに倒れたマリアットを見降ろして、ソーニャは言った。
「――何か、考えてた?」
「………」
「まあいいや」
 ソーニャの手が無抵抗な身体を掴み、マリアットをうつ伏せの体勢にさせる。
 かちゃりと耳慣れた金属音が耳を打ってマリアットの身体は硬直した。ソーニャはベルトを解きながら、あくまでも軽く、どこまでも残酷に宣告する。
「もう十分でしょ。なんか飽きてきちゃったし、そろそろ突き落とすのもいいかなーなんて」
「っ……い、」
「今更何言っても止まるわけないでしょ。――お前のことは、大嫌いだけどな」
 言葉を吐き捨てられると同時に、熱い質量がマリアットの秘唇を強引に貫いた。
「うっ――あぁ、あ! いっ、た、ぁ、あ、ああっ!」
「そんな騒がないでよー、撃たれて傷口踏み躙られるのとどっちが痛い?」
 拘束されたまま動物のような体勢で後ろから貫かれ、額を床に擦り付けて痛みに耐えるマリアットを見降ろして、ソーニャは呆れとも嘲りともつかない言葉を漏らした。睨みつけてくる目など、端から気にしたことは一度もない。
 こうして見降ろすと、震えるその身体は酷くか細く弱く見えて、簡単に壊れてしまいそうに思える。いっそ壊してしまえとそう思って、ソーニャはマリアットの腰を押さえ込み、内壁を抉るように腰を動かす。
「はっ……は、っあぐ――ぅ、あ……はぁ、んっ……う、うぅ!」
 薬の回った身体では、痛みなど簡単に快楽にすり替えられる。
 悲鳴は再度艶をまとい、揺さぶられる身体の震えも別の意味を帯びているように感じられる。胎奥を突くその都度、獣欲に満たされた蜜が止め処なく溢れてマリアットの太腿を伝う。その液体の感触すらマリアットにとっては刺激となり、ぞくぞくと背筋を震わした。
「あ、んぁっ! か、ふぁっ、ひぅっ……ふぁ、あぁ!」
 箍が外れたように声が溢れる。それに対する嫌悪すら最早麻痺してしまいつつあった。
 柔襞を絶え間なく責められて快感に反らされた喉は空気を吸う暇すら与えられない。気を緩めることすら出来ずに、ただ襲い来る悦楽に耐える神経は張り詰めっぱなしだ。
 張り詰めた神経が焼き切れそうになる、その感覚が今は恐ろしい。
「ねー、マリアット?」
 ソーニャの声が聞こえる。饒舌な男だった。
 普段だったらそれに返せるくらいの饒舌さを自分も持ち合わせてはいたが、呼吸も思考もままならない中では声も言葉も通り抜けるだけで終いだった。何一つ残らない。残せない。
「んうぅっ、いぁっ! やっ、ああ、ひあぁっ!」
「こーやってお前を苦しめてるのは、それはそれでいい気分なんだけどさ」
 何度も突き上げられる、そのストロークが次第に速まり、激しくなっていく。
 話しかけて来る声は、それと何らの関わりもないかのように平坦だった。
「オレもあいつらと同じに成り下がったかと思うと――それはそれで、最低の気分だね」
 何を当たり前のことを。
 そう言い返す余裕も気力もなく、揺さぶられるままのマリアットの中で、何かが急速に高まっていく。
 四つん這いに近い状態で床に立てた膝が、耐えきれずに笑い続ける。それを見とめて、ソーニャはマリアットを抱え込んで腰を強く打ちつけた。
「まあいいや。――イっちまえよ」
「はっ――あ、いや、ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 がっちりと抱え込まれたマリアットの身体が、拘束の中で大きく跳ねる。限界まで反らされた身体が何度も跳ね、糸が切れたようにくずおれた。
 力の抜けた身体は想像以上に重くて、抱え込んでいたソーニャはマリアットと共に床に転がる。力なく閉じられた瞳には涙が滲んでいて、それでもああ、いい気味だとしか思わなかった。
 意識を失った中から自身を引き抜くと、どろりと混じり合った白濁と愛液が零れて床を汚した。引き裂いた服で自分の汚れを拭い、服を整えながら細い身体を見降ろす。
 この身体一つで、か弱い少女を一人守れるという風には、どうしてもソーニャには思えなかった。
 張り詰めた糸はやがて切れる。ぎりぎりの綱渡りにもいつか限界が訪れる。そのことに気付いて、気付かないふりをして、ひたすらに突き進もうとした哀れで愚かな、――一人の女。
 それで傷つくのが本人だけならそれでいい。けれどその時には、間違いなくあの少女が巻き込まれる。
 そうなってからでは、取り返しがつかない。
「……オレはまあ、言った通り、お前より弱いけどさ」
 ソーニャは膝を折ってマリアットを見降ろした。聞こえないと知って言葉を紡ぐ。
「あの子のために、お前からあの子を解放することぐらいは、できるつもりだぞ?」
 そのためなら、いくらでも代償を払うことができる。払わせることが、できる。
 拘束されたままの掌が少女を掴むことは二度とない。少女が悲しもうとも、涙を流そうとも。その方が少女のためだと、それは客観的に明らかだ。
 だから。
「――もう、壊れちまえ」
 これもひとつの、歪んだ想いの形だった。

(2010/07/19)


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