乱暴に腕を掴まれると無理矢理に地へと引き倒される。乾いた地面に背中を打って息が詰まったが、それ以上に閉塞感を与えてくるのは、夜闇を背に覆い被さってくるこの男の姿だった。
体重で上半身を押さえ込まれ、片手でカーゴパンツを探られる。ベルトを解かんと蠢く手首を掴み止めると、あぁ、と、至極面倒そうな声が漏らされた。じろりと至近距離からこちらを見下ろす瞳。
その中に映る自分に、人としての尊厳を見出だすことは叶わなかった。
「あんだよ。なんか文句あっか」
「……今日は、良くない。危ない日だ」
低い声で告げると相手の片眉が跳ねた。至極面倒臭そうに顔を顰める。そんなに面倒であるのならば、放っておいてくれればいいのに。そうした方が双方にとって幸いであるだろうと、心の底から本気で思う。
だがそうはならなかった。掴んだ腕を容易く振り解かれ、再びベルトに手をかけられる。カチャリと金属音、それに続いて寛げられる前の感覚。身体を押し退けようと上げた膝には、ただ硬く重い手応えしか帰らない。
「じゃ、外に出しゃいいんだろ?」
「あのな。……そういう問題でもない。そもそも、気が進まん」
気が進む時など、未だかつて一度もなかったけれど。
僅かな抵抗に効力は無い。最低限摺り下ろされた服の隙間から差し入れられる手は落としきれぬ血と土がこびりついていて、その手が辿る肌も服越しの泥と血に、汗に汚れている。どうしようもなく不快だった。
それは相手も同じではないのかと疑うが、幾度となく繰り返されてきたことを思うと我慢しきれるものらしい。それも、積極的に。正気の沙汰でないと思うが、悲しいことにこれが現実だ。
この横暴な男に組み伏せられて性欲処理に使われている、これが紛れもない現実だ。
「おい、聞いて――っ」
抗議の声を、鳩尾への圧迫感が断ち切った。鈍い痛みに息を詰める傍ら、先程と同じような金属音が遠く耳を打つ。
それは宛ら、宣告の如く。
「うだうだうっせえな。拒否権ねーことぐらいとっくに分かってんだろうが、黙ってろ」
「それはまた、随分、と……っ、あ、く……!」
ろくに濡れもしていないそこに宛がわれたと思ったら、無理矢理の力尽くに押し込まれる。文字通りの、貫かれるような痛み。
当然ながら滑りが悪く、事あるごとに中でひっかかるが――その度、力任せに奥へと捩じ込まれて身体が揺さ振られる。色気も何もない摩擦による鈍痛に身体が震えた。
内臓を掻き毟られるこの感覚にはもう慣れたが、かと言って苦痛でないわけがない。首を横に、両腕で顔を覆うようにして拳を握り、ただ、耐える。
それ以外に、選択肢がない。
「か……ッ、い、……は、あが、っう」
漏れる声は喘ぎではなく呻きに相違ならない。艶めいた要素など求められてもいないし持ち合わせても居ない。機械的な作業工程。
そこに心など介在しない。一方的な蹂躙を受け止め耐え忍ぶ身体だけが残る。
「……ふ、ぁぐ、ッ……! つ、ぅあ――っ、んん、んッ」
中を抉るそれが最奥まで達して、内側からの圧迫感は否応なしに増す。覆い被される上からの圧迫感とに押し潰されそうになる口元を、大きな掌が覆った。塞がれて息を詰めて、けれど一応、呼吸が出来るように鼻は残されていた。
恐らくこの男が望んだのは、
「ン、んぅ……っ」
腕の隙間から見上げてみれば、その瞳は伏せられていた。頑なに瞳を伏せて、ひたすらに腰を動かしている。いっそいじましいほどのその様子に、憐憫の情など湧きはしないが――自然、疑問は残る。
――貴様は、私如きに愛する女を重ねて、彼女に顔向けできるのか?
それを問いはしない。無駄に掻き乱すような真似をすることはない。
再び奥を突かれて、衝撃に投げ出された足が跳ねた。随分と滑りが良くなって、痛みも幾らかマシになっている。潤滑液の働きを果たしているのは血と先走り液か、そこでゴムを付けていないことを思い出して憂鬱になる。切れているのなら諦めてくれたら有り難いのだが。そもそも、こんな感覚を抱えて戦地に立つ方の身にもなれと。
内股を伝う液体は、汗では有り得ない粘性を纏っている。不快な生温かさを今すぐにでも拭い去ってやりたかったが叶うはずもなかった。
「っ―――!」
引き摺り出された内腑を勢い任せに、幾度となく奥へと捩じ込まれる。本来繊細で敏感な器官とされている筈であることを忘れそうになる。というか、忘れたくもなる。忘れなければならないような気も、する。
そうでなければ完全に器具扱いされているこの現状を看過できない。オナホールだとか言われたこともあったか、余り詳しくはないし興味もないが。自分が何の役割を果たしているかなど、この状況を見れば歴然だ。それに名前を付ける必要はない。付けたくもない。
ただ、モノであればいいのだと。
「……っ、は……!」
突き上げられるその間隔の早まりと、耳にかかる息の熱さとに、近付きつつ終わりを悟った。依然口は塞がれたまま、声を出すことも叶わない。仕方なく相手の肩を掴むと、瞳を伏せたままの表情が僅か面倒そうに顰められた。
けれど、恐らくは伝わった。肩を掴んだ掌を離して、地へと投げ出す。改めて、酷く汚れた掌で――それは、掌だけに留まらない。
「……ッ、ん――!」
内側の圧迫感が唐突に失われ、息を吐く間もなく――そもそも息を吐くことなど許されてはいないのだが――太腿へと粘ついた液体が吐き出される。もうちょっと遠くへ出せなかったのか、と内心毒づくが口を塞がれているためにそれも出来ない。
相手はと言えば自分に覆い被さったまま、地へと顔を伏せて荒い息を鎮めている。息を整えたいのはこちらの方だ。余韻に浸るのは構わないが、正直さっさと退いて欲しいし手も離して欲しい。ただでさえこの重さは酷く不快だ。早い所処理してしまいたいのに、この拘束はそれすらも許さない。
それに忌々しさを感じることすら、最早、面倒臭い。
「……はぁ」
唐突に相手が顔を上げるとその身体を起こした。手を離し、服を整えている傍ら、こちらは自由に息が出来る現状を謳歌するように深呼吸をした。その際に痛む全身などは最早どうでもいい。酷く瑣末だ。
満足すれば奴はさっさと腰を上げて陣へと戻っていく。その背中を見送りもせず、とりあえずと上体を起こして好き勝手に扱われたそこへと視線を落とした。案の定、赤い。しかも一応抜いたはいいものの完全には間に合わなかったようで、中途半端な白濁が赤に混じり汚い色を見せていた。傷だらけの汚れた内股に吐き掛けられたそれも、また。
気は重いがここで座り込んでいてもどうにもならないし、何より少しでも早く洗い流しておいた方がいいと思った。幸い近くに川が流れている。恐らくはそれがあるからこその暴挙だったのだろうし。
これ以上汚しては叶わないとさっさと下を脱ぎ棄てて肩に掛けると、川を目指して立ち上がった。普段通りに歩みを進めようとして――途中で、膝が落ちた。
地に膝をついて、倒れ込みそうになる身体を腕で支える。その拍子に零れた赤と白が、太腿を伝って膝へ、地面へと落ちる。その光景は今更過ぎる程に今更の筈なのに、妙に胸を締め付けた。
これが報いであるのかと。
人の命を奪うことを求め、このような組織に身を置いた、これがその報いであるのかと。
「……、はは」
ならば、人の命というものは、随分と軽いものであるものだと、そう思った。