-DAY4-


拾ったもの
白くて四角くて薄い なんだこれ
あとなんかよくわからないけど食べ物らしい何か 齧ったけど食べ物っぽくない やっぱりなんだこれ
錆びた鍵 使い道が分からない けど嫌いじゃない
あと手紙とか ゲーム? の話題とか 植物の話題とか
クチコミがどうとか書いてあるものもある クチコミってなんだ



☆ ★ ☆



 クロニカの乳母の背には白く美しい翼があったが、その翼は空を駈る機能を持ち合わせてはいなかった。
 天馬の血を引いているのだと彼女は語っていた。天馬であれば飛ぶこともできたろうが、受け継いだのは翼だけだったのだとも。

 ニールネイルは混血の一族だ。
 その血に連なり、ニールネイルの姓を名乗る者はみな数多の種族の血を引いている。
 エルフやドワーフ、ワービースト、人狼、ホビット、人魚、ケンタウロスなどの比較的人に近い種に始まり、オオカミやライオン、猫、ウサギ、チーター、ダチョウやカラスなどの動物たち、サキュバス、リャナンシー、ブラウニー、ラミア、オーガやゴブリンなどの妖精種や魔に近いものたち、時にウンディーネやサラマンダーなどの精霊種、ユニコーンやペガサスなどの聖獣。果てには吸血鬼やドラゴン、天使に悪魔、デュラハン、ヒュドラと交わり子を成した者もいると言う噂すらあるがここまで来ると与太話にも感じられる。

 ニールネイルに生まれた者は夥しい数の種の血を引き、そのうちの複数を特色として発現する。
 クロニカに関しては褐色の肌と長い耳、大きな魔力量、そして長い寿命と、ダークエルフの血が最も強い特徴として顕れているらしい。乳母に告げられたことだ。
 その次に濃いのが夢魔の血だった。エルフ種特有の長命と人の精を取り込む気質を併せ持って”Y”に生まれたクロニカはとても重用されるだろうとも彼女は語ったし、実際にそうなった。

 ”Y”が家族の、特に親子の情を知る必要はない。
 それが一族の掟で、だからクロニカは乳母に育てられた。同じニールネイルに生まれ、肌の色も特徴も何もかも似ても似つかぬ彼女。
 だが彼女曰く、ニールネイルの親子が似通った外見を持って生まれること自体が既に稀なのだと言う。親子であっても発現する血の種類が異なることの方が多いのだと。
 みな隔世遺伝で特徴を受け継ぎ、先祖返りに似た現象を伴ってこの世界に生まれ落ちる。クロニカの子たちもそうだったのだろう。この世に産み落としてすぐに取り上げられてそれ以降、誰一人としてろくに姿を見たことはなかったが。
 それが”Y”の正しい姿だった。
 クロニカの乳母は慈しみと深い愛を以てクロニカを育て上げたが、それが親子の情としての正しい形であるとクロニカには認識されなかった。

 彼女はやさしい人だった。
 やさしく美しく、そうだ、歌が上手だった。会わなくなって久しくすっかり忘れていた。彼女の子守唄に包まれて眠った幼き日々をクロニカはまだ思い出せるはずだ。
 その声も。指先の暖かさも。柔らかく笑む横顔も何もかも、クロニカの中に深く根付いているはずだった。



 海のさざめきが耳を揺らす。瞼を開ければカーテンの隙間から差し込んだ光が目を刺した。
 セルリアンの海は特別穏やかなのだと聞いた。先に進んでいけば険しく厳しい荒れた海にも遭遇することになるのだろう。
 物語にしか見聞きしたことのないそれについて思いを巡らせようとして、想像力が追いつかず諦めた。瞼を伏せて布団を被り直す。
 進んでいけばどうせいつかは直面することになるのだ。今から難しく考える必要はない。

 クロニカは至って無計画で行き当たりばったりな性質の持ち主だった。今だって雇い主についてこの海を訪れただけでそれ以上の展望はない。
 彼に見捨てられたらそれは多少困るがその時はその時でどうにか生きていくために力を尽くそう。その程度の考えしかなかった。
 だから昨日血の提供に関して詰問された時はほとほと困り果てもしたが、誤魔化せなかったらその時、契約を切られてしまったらやはり、その時はその時。

 実際はそうはならなかったのでクロニカは今もこうしてディドと行動を共にしている。
 昨日の遺跡探索だって悪くない成果を残したはずだ。拾得物に関してはともかく(クロニカは拾ったナマコをディドに押し付けたが微妙な顔をされて終わった)、少なくとも戦力としては一人前程度には働けたと思っている。
 クロニカにはろくな魔術の心得もなかったが魔力に関してはそれなりで、スキルストーンさえあれば術を操れるテリメインの海中では思いの外働けるようだった。これは悪くない発見であった。海の上ではともかく、海に潜りさえすればそれなりの戦力になれるのである。誇らしいことでもあった。
 働くことは、嫌いではない。役割を果たすべく求められることも。自分のすべきことがそこにあると嬉しい。
 それだけの単純な話だった。