-DAY2-


 深い藍色の水面がどこまでも広がり、潮風が吹くたびに泡立つように白波が立つ。
 砂まみれの革袋を足元に落とし、ディド=パシャは生まれて初めて見る海というものにしばらく言葉を失った。
 いや、見るばかりではない。噎せ返るような潮の香りも、湿り気を含んだ生温い風も、寄せて返す波の音も、およそ彼の郷里では味わえぬ感覚ばかりだ。口の端を舐めれば、岩塩とは全く違う丸く滑らかな塩辛さがある。
 足元に体重をかけると、木の軋む音ともに足場がわずかに沈み込み、また戻った。何もしなくともゆらゆらと揺れる、組まれた木でできた即席の地面。
 鼻を鳴らして、視線を巡らせる。目の前が海ならば、背後にあるのもまた広大な海原だ。テリメインは海の世界。そう聞いていたが、実際にここまで海ばかりとなると戸惑いもする。聞けば、海の中で生活しているものもいるという。眩暈のするほど、何もかもが違う世界。
(抜け出してきたのだ)
 実感がじわじわと腹の底から湧き上がって来る。どのような顔をすればいいのか、まだ分からない。こびりついた乾いた砂も、抱きしめた香のにおいもいずれ消えてゆくはずだった。見えない半身を置いてきたようなうそ寒さも。
(ひとりで)
 己の脚で生きていく。それを証立てることごできる。
 ディドは拳を握りしめると、足下に落とした皮袋を拾いあげた。すべては、ここから始まる。