一日目
最悪だ。
深い溜息とともに紫煙を吐き出して、リー・ニコルズは目を細めた。
リーが残像領域を訪れる理由は金稼ぎ以外のなにものでもない。この戦場で活躍した傭兵には相応の、しかし莫大な報酬が支払われる。ここに集まる傭兵など、ほぼ例外なくその金目当てか、そうでなければ戦闘狂か、なんにせよろくな人間などいりゃしない。
それが自分には都合がよくまた心地よかった。だから今回も”同じよう”に傭兵らしく、稼げるだけ稼がせて貰って終わり。いつもどおりの気楽な出稼ぎ。
――の、はずだった。
「……クソガキが、ざけんなよ」
メリス・カークライト。
その姿を見たときは目を疑った。
人違い、他人の空似であればとすら願った。
『――リー? リーじゃない!』
その期待を裏切ったのは当の本人で、こちらの気など知ったことではないと言わんばかり、表情を明るくして駆け寄って来た。なにせ箱入り、手塩にかけて育てられたお嬢様だ。知り合いのいない残骸領域に一人放り込まれ、その不安はリーには計り知れないものだったのだろう。
だからもともと、こんなところに来るべきではなかったというのに。
「……っ」
右腿に走った痛みが意識を現実へと揺り戻す。舌打ちをひとつ、痛み止めの錠剤を水で飲み下すと、首を振って余計な思考を追い払った。視線をコンソールにやる。
メインモニタに映る景色は濃霧に包まれていて、どうやら視覚は当てにならなさそうだ。レーダーを確認する。敵影二機。僚機は砲撃型ウォーハイドラ『クレセント』。
残骸領域に訪れたハイドラライダーはまず、誰もが同じ条件で演習を行う。つまりはメリスもリーと同じ条件でウォーハイドラを駆っているということだ。
願わくばこの演習で彼女が怖気付くなりなんなりして、家へと帰る決心を決めてくれたら良いのだが。
儚い望みを胸に抱えながらも、リーは操縦桿を引き倒した。