十三日目
「ビンゴだ」
「キミの言う通り、カークライト家からの繋がりを確認した。やはりプロと比べたら揉み消しが甘いね。金任せじゃ、どうしてもボロが出る」
「しかしよく見つけたものだね。情報屋の形無しだよ、キミがそんな確かな情報筋を持っていただなんて」
「そうだね。だいたいは予想の通りだよ。考えたくないことだったろうが、キミの妹さんは――」
「ああ、もう、あまり声を荒らげてくれるな。耳が痛い。……まあ、もう少し待ち給えよ。状況的にほぼ間違いないとはいえ、確実な証拠はまだ掴めていない。動くには早い」
「……動いたところで、もはやどうにもならないことではあるけれどね」
だからって何を諦めろというのだ。
ずっと探し求めていた。生きる理由だった。他に何もすることがなかったのも確かだが、それでも、ずっとこのためだけに生き続けていたのだ。
『おにいちゃん、だいじょうぶ?』
小さな掌が腫れた頬を撫でる。殴られて熱を持った頬は触れられると鈍痛を訴えるが、それ以上に体温が嬉しかった。
見上げる瞳の色も鮮やかな髪の色も自分とは似ても似つかない妹。血の繋がらない、しかしただ一人、家族、と呼べる相手だった。
妹だけは傷つけさせないと、必死に父から母からその身を庇った。働きに出なければいけないため、金と食べ物を集めてこなければならないため、ずっと傍にいてやれないことが口惜しかった。
『大丈夫だよ、ミリア。……ほら、泣くんじゃない』
『だって……』
しゃくりあげるのを撫でてやって、ほら、と宥める。押し殺すような泣き方は、何度も何度もうるさいと怒鳴られ手を上げられたからだ。幼さに見合わない慎ましさと気の張り方が痛々しい。
どうして救ってやれないのかと何度も考えた。
後悔ばかりがどうしようもなく降り積もって、それは今も同じだった。
もっと早く、見つけてやれたら、良かったのに。
カークライト家に忍び込むのは存外簡単だった。
ちょうど家具の運び込みがあるということで、配送業のアルバイトを買い取ってすり変わった。やってることは変わらないな、と少し皮肉にも思った。金で解決しているだけだ。
十余年ぶりに入り込んだ屋敷は随分と様変わりして見えたが単純に自分が変わっただけかもしれない。身体も視点も、世界を見る目も。
淡々と業務をこなした後、理由を取り繕ってその場を離れ――ようとした、その直前だった。
「ああ。どこかで見覚えがあると思った」
背筋を凍らすような冷たい声。
身動ぎする前に飛び出してきた警備員がリーの腕を取り床に押さえ付けた。
配送業者たちが戸惑いどよめく。
「っ――」
「か、カークライト様!? これは――」
「いや、いい。君たちには、そうだな……従業員はもっと信頼できる筋から雇いたまえ、と、上司に伝えておいてくれ。我々の信用を損ねたくないのならな」
同じく冷ややかに、しかし泰然と声を掛ける男。
クロード・カークライト――メリスの父親で、カークライト家の当主だった。
「さ、人払いは済ませたが、何の用事かね。リー……と言ったか」
「っは……分かってる割には、随分と大層な歓迎じゃねぇか」
「正面から入ってきたのならこんな対応もしなかったのだが、武器まで持ち込まれてはね」
「……チッ」
リーを地面に這い蹲らせたまま、悠々と運び込ませた椅子に腰掛ける。
懐に隠してあった拳銃は既に奪い取られた。大層な警戒心だった。
「過敏に反応すんのは、疚しいところがあるからじゃねえのか?」
「さて。意味が分からんが」
「この家が人身売買に手を染めたって話がある」
紅茶を啜っていたクロードがリーを見下ろす。
射抜くような視線に空寒さと、確かな手応えを覚えた。
「十年以上前の話だ。俺がこの屋敷に連れて来られる前。……覚えがあるだろう?」
「さて。何の話だか」
「シラ切るんじゃねぇよ。証拠は揃ってる。俺を殺しても無駄だぞ、言っとくけど。一人でやってることじゃない」
「一人でやってることじゃない、ねえ……」
あくまで余裕を崩さないクロードの態度に苛立ちを感じる。
一方で、自分のしていることが、リーには分からなくなっていた。
脅したところでどうにもならない。
それは分かっているのにハッタリまでかまして、これでは完全に金を強請る論調だ。馬鹿馬鹿しい。
「まあ、いい。どこまで知ってる?」
「は?」
あまりにも簡単に認められ、リーは言葉を失った。
――どこまで、とは?
「何、言って」
「そのままだが。折角だから君の知らないことを教えてやろうと言っている。……例えば、そうだな」
「……おい」
「君の妹は、メリスの代わりに臓器を提供するために連れて来られた、だとか」
言葉を、失う。