十四日目
その言葉に衝撃を抱いたかすら、いっそ定かではなかった。
考えもしなかったことのようでいて、既に見当が付いていたのかもしれない。
ただ諦めにも似た納得と、どうしようもない感情の落とし処を得て、
「……おや、メリス。帰ってきていたのか」
開かれた扉と、彼女の足音。
頭上で交わされる父娘の会話を他人事のように聞いていた。
自分の処遇についての会話だ。
全てが今更だ。何をそんなにも必死になるのか。
「死人に口無し、って知ってるか?」
その言葉に、どうしてそんなにも、色を失うのか。
「だめッ――お願い、お願いお父さま! 何もしないで彼を放してあげて! お願いだから、何も……っ!!」
その必死さはいっそ滑稽に映って、それよりもさらに滑稽なのは自分の方だった。
彼女が父親と言葉を交わすのをただ他人事のように眺めている。
「メリス。お前は自分が言っていることを分かっているのかね?」
「分かってるわ! 彼を見逃せばこの家がどうなるかわからないことぐらい! でもっ、でも、此処で彼を殺してしまうなんてあんまりよ!? だって彼はただ――!」
一度、声が途切れる。
喉に詰まった言葉を吐き出すように、彼女が続ける。
「……ただ、自分の妹を、助けたかっただけ、なのに……」
ああ、滑稽なのは間違いなく誰よりも、この自分だ。
「この家に乗り込んできたのはまた別の話だよ。死んだ人間を助けることなんてできるはずがないじゃないか」
彼女の父親は淡々と語る。死んだ人間。今更のように胸を抉る。
認めたくなくて口に出すことをやめていた事実は、当たり前ながら彼にとってはとうに過ぎた過去だ。
ただ、それでも、
「それにメリス、彼の妹はお前の代わりに死んだのだよ」
その言葉だけは、どうにもずれているように思えた。
「メリス。もういい。あんまみっともねぇ真似すんな」
面を上げて、彼女を見る。
ここに至ってみっともなく足掻くつもりはなかった。既に十分すぎるほどに醜態は晒した。これ以上諧謔に浸るのも、耐え切れないほど馬鹿らしい。
「……でも、リー」
「お前が止めることじゃねえんだよ。……大好きなお兄さまのトコにでも行って来い」
その顔は涙に濡れていただろうか。
どうにもうまく視界が晴れず、諦めてしまって瞼を伏せる。
「――もう、疲れた」
「……リーの気持ち、わかったわ」
でも、その願いは聞けない。
続けられた声は先程取り乱していたのと同一人物のものとは思えなかった。
腹を、括ったかに映る。
「おや。悪いことを覚えたね。それも教わったのかな」
「撃ち方は教わったけれど、向けたのは私の意志よ、お父さま」
「……彼を逃して。じゃなきゃ撃つわ」
馬鹿だな、と再び思う。
今度は。
困った娘だ。彼女の父親は穏やかな声で、次の瞬間、リーを押さえる力が緩んだ。
彼女が語る。
「我儘、口にするのはこれで最後にするわ。だから、ねえリー」
「――生きて。……貴方だけは、どうか」
立ち上がる。ずっと力尽くで押さえ付けられていて血がうまく巡っていない。頭がくらくらする。
その中で、彼女へと近付く。
「……リー?」
「おまえ」
首を傾けた彼女へと向けた表情の貌が、自分にはよく分からなかった。
「馬鹿だなあ――」
気が緩んだ彼女は隙だらけだった。その手は小さく、細い指が拳銃に絡む様子が頼りない。
もぎ取るようにして奪い去る。自分の掌に収めて、彼女の父親へと、銃口を向ける。
「――リ」
そうして彼女がその男を身を挺して庇うのを見て、今度は間違いなく、自分でも分かる。
零れたのは笑みで、
「……ほら、馬鹿だって言った」
まるで妹にするように、小さな頭を撫でてやった。
ごめんね。ばかだから、ごめん、ごめんなさい、リー。
拳銃を放り捨てて、泣きじゃくる彼女に背を向ける。武器を手放した瞬間にまた取り押さえられるかと思ったがそうはならなかった。そうなってもいっそ構わなかったが、彼女の父親にも慈悲はあったのかもしれない。
もう何も語る言葉は残らない。最初から自分には何もない。この屋敷は自分には縁のない場所だった。最初から最後まで。不幸でおかしな優しい偶然が、徒に交錯を齎しただけだ。
だからもう、留まる理由も、関わる理由も、何一つ残らない。
彼女とは違う。
自分には何一つ残らないのだ。