二日目

 残像領域を訪れた傭兵たちの集う施設のロビー、その片隅にあるベンチの上で先程から動けない私は先程からただただ溜息を吐くことしか出来なかった。
 勢いのままに動かした機体“アストライア”、悔しさと見返してやろうという情熱が綯交ぜになり高揚し切った気分は、気付けば底辺まで下降し切って浮上の余地無し。なんでかって答えは簡単。惨敗したからだ、惨敗。それはもう自分でも可哀想って思うぐらいにボロボロに。

「はぁ……」

 そして此処から動けない。溜息しか出ない。無理して出てきた結果がこれだ、両親に会わす顔も無い。お兄さまなんて尚更。
 情けなさにもう一度溜息を吐きかけて、その時だった。

「――げ」

 聞き慣れた声が自分の耳を打ったのは。

「……リー」
「んだァそのシケたツラは、初陣で無様に負けでも――」

 現れたのは私の気持ちをぐちゃぐちゃにした張本人。そいつが厭そうな顔で私を見下ろしていて何か小言を言おうとしていて腹が立つ。
 腹は立つけど体同様ボロボロになった心が、見知った相手の姿にどうしようもないほど安堵を覚えてしまったのもまた事実で、じわりと視界は滲んでいった。

「…………。帰れっつった意味が分かっただろ」
「ふん、……意味は、わかったわよ、自分の考えがどんなに甘いものだったかってことも、……でも、帰ったりしないんだから。こんなところで諦めるもんですか」

 確かに自分に戦場は向いていなかった。だとしても自分はその言葉に素直に頷くわけにはいかないのだ。
 大口叩いて出てきたからには、それなりの結果を持って家に帰らなければならない。そうでなくては自分の行動がただの恥になってしまう。


 けれど彼は、やはり自分はその意味が分かっていないという。
 どうしてここで戦わなくちゃいけないんだって問いかけてくる。

 そんなの答えは簡単だ。お兄さまの為だ。
 お兄さまが悲しむのなら、その心労を少しでも私が和らげてあげるのは当然のことなのだ。
 だってお兄さまが私の全てなのだから。


「へー。じゃ、死体で帰るつもり?」


 しかしそう強く思っても、追い打ちのような相手の一言に先程感じた死の恐怖が自身の心に蘇る。
 震え出した身体がどうにもままならない。溢れ出してしまった涙は止まらない。それでも黙ってしまったらだめだ、それでは相手の思う壺だ。  

 だから心に鞭を打って、泣いたまま、それでも笑って彼を見返してやった。

「形式上は、お国のために、死ねるんですもの。……立派、じゃない」

 すれば彼は心底呆れたような顔をして、身体に悪い毒々しい煙を深く深く吐いた後。

「んなバカ迷惑だ。バカに巻き込まれて死ぬとか、死んでも死にきれねえだろ」
「っ、安心して、死ぬときは周りに迷惑かけずに一人で死にますから!」

 折角こっちが頑張って言い返してやったというのにばかが連なったその返事に、胸を覆っていた恐怖の色は一気に怒りに塗り替えられる。
 もう話してやるもんかと顔を背けて、けれど彼はそんな拒絶の色はお構いなしに私の名を呼んだ。

「メリス」
「なに? 言っておくけどもうリーの煩いお小言なんか金輪際聞きたくないわよ」
「それは諦めろ。お前、俺と組め」
「――は?」
「どうせ右も左も分からねえんだろ、お前」

 すぐに返事が出来なかったのは、嫌だからじゃなくて戸惑ったからだ。帰そうと躍起になっていた彼から、そんな言葉が聞けると思っていなかったから。
 何ががどうなったらそういった心境の変化が訪れるのかわからなくて固まるも、はっと気付いた。

 瞬間ぱっと浮き上がったのは心だけではなく、ベンチから飛び降りた身体も同じ。
 そして湧き上がった嬉しさそのままに、ぎゅっと細い体に抱きついた。

「――ああ、なんだ! リー、つまりあなた最初からその提案をするつもりで此処に来てくれたのね! リーってばやっぱり優しいんだわ!」
「っ――おッ、前、調子乗んなよ! はっきり言ってまだ帰れって思ってるからな俺はお前には!」
「ええ、ええ! 安心して、私帰らないけどでもリーが居るなら大丈夫、死んだりなんかしないわ! そうよそう、こういう会話を待ち望んでたの私、嬉しい!」

 きっと自分を心配してくれていたのだろう。その事実が申し訳ないけど嬉しくて、そしてこの提案をしてくれた彼の優しさが暖かくて堪らない。
 孤独の地、最初に彼に出会ったときに求めていたのはこの暖かさなのだ。

「ふふ、宜しくね、リー!」
「〜〜…………」

 そうしてやっと、偽りじゃない笑みを浮かべて彼を見上げた。
 彼は言葉を詰まらせて、大きな大きな溜息を吐いてから。

「……はいはい。精々死んでくれンなよ、オジョウサマ」

 がくりと肩を落とし、私の言葉に頷いてくれた。