三日目

「……まー、初めて組んだにしちゃ上々かね」
「ねえねえリー、私頑張ったでしょ? 戦うの二回目だったけど、よく出来たと思わない? ねー?」
「あー。まあよく暴れたな」
「暴れたってそれ褒め言葉じゃないし……」

 先程からコーヒー片手にタブレットばかりを見つめるリーは、私に対する意識もそこそこで返事も適当だ。
 だからついもうちょっとちゃんと相手をしてほしいと膨れそうになってしまうのだが、彼は今次の戦闘に勝つ為の準備を頭捻ってやってくれているんだということぐらいは理解していたから必死に堪える。

「ねえねえリー、何か手伝うことある?」
「んー。あー。そうだな」

 代わりにと彼の袖を引っ張って、少しでも何か役に立とうと尋ねれば、眼前に現れたのは画面上にずらりと並んだパーツの名前に何を示しているのかさっぱりわからない数字の羅列。そして一言彼は私に尋ねた。

「意味分かるか?」

 さっぱり分かりません。
 反射的にそう答えかけて、慌てて口を噤んだ。これぐらい分からなければお前に手伝うことは特に無いと彼はきっとそう言いたいのである。そうならないよう必死に画面と睨めっこして、欠片ぐらいは何かわかるんじゃないかという期待を込めて数分。

「……パーツの名前までは、分かるわ」

 結局何の進歩も無く吐き出しそうになる溜息を堪えながら、彼の人をコケにした言葉を受け入れる心積りをきっちりと固めた。
 のだが。

「OK、じゃあこっからどうしたい? 今の路線のまま暴れに行くか、もうちっとフレキシブルに熟すか、バランスよく防御を固めるか――」
「へっ、あ、暴れるのと、熟すのと、防御と――?」

 彼は人を馬鹿にすることもなくあっさりと言葉を返し、予想とは違った反応に私はつい呆けてしまう。
 そのままつらつらと口にされていくこれからの方針に、呆けたまま置いていかれそうになるのを慌てて指を立てながら復唱することでついていこうとした。そんな自分の様子にか彼は思い出したように、ああ、とタブレットからこちらに目を向けて、

「すぐ決めなくていい。テキトーに気が向いたら教えろ、合わせて組む」

 何の負担もないかのようにそう返す。その姿が何というか、意外というか。

「私に合わせていいの? リーにはリーのやりやすい戦い方とか、あるんでしょう?」
「お前に合わせてもらうのなんてハナから期待してねーし、余計などうのこうの気にするよりやりたいようにやれ。存外動きは悪くねえみたいだし」
「……そう」

 一つ一つの言葉にたまに混じる刺はやはり気にかかるものの、それでも尚意外だという感想は拭えない。
 その後も射撃が得意じゃないと話せばやっぱり馬鹿にすることもなくある程度はウォーハイドラに任せても大丈夫だとか、割と我儘で拾った素材からパーツを作りたいとおねだりすればあっけらかんといいんじゃないのって一言。




 ああやっぱり、分かってたけど。





「……違うんだ」

 此処に居る間宛てがわれた部屋は、家の自室と比べると天と地程の差があったが他の傭兵たちと比べるとまだマシな方だ。それにどこか懐かしい感じがして居心地自体は特に悪くない。
 そんな部屋の隅、固い寝台の上に寝転がって先程言葉を交わした彼の様子を思い浮かべる。

「リーは、私とは違う」

 当たり前なことだ。そんな当たり前なことを今更痛感した。
 次の戦闘に向けて作戦を練るその姿に、いつもなら会話の端々で人をコケにした態度を大して取らなかったところ。きっと彼は生死が掛かった戦にそれらが不要なのだと理解しているのだ。

「慣れてるのよね、やっぱり」

 倒された敵の残骸ばかりが残る地で、死の恐怖から解放され駆け寄った彼の元。その瞳に宿るものと自分が抱えた感情の違いに、過ごしてきた世界の違いを思い知らされた。
 自分がいかに平和な小さな世界で生きていて、彼がいかに過酷で広大な世界で生きてきたのか。

 お父さまとお母さまは、メリスはこの家に居て笑ってくれていたらいいのだとよく私に話した。
 貴族街からはあまり出してくれず、スラムに行こうとすれば引き止められて、駄々をこねて私が助けた彼のことも、去ってしまえば忘れてしまいなさいと言った。
 お兄さまも傍に居てと私に話したから、いつからか知らない世界に対する興味は薄れていってはいたけれど。

 でもやっぱり、自分が無知だと理解した今、そんな訳にはいかない。

 ぎゅっと枕を抱きしめて、半身を起こす。白い壁を見据えて心に決めた。
 折角狭い箱庭から外に飛び出すことが出来たのだ。勿論第一はお兄さまの代わりを務めることだけど、この機会を有効に使わなければ勿体無い。

「――メリス・カークライト、この戦争で大人になってやるわ」

 知ってやるのだ。世界のことも、彼のことも。

 そうして得た全てがいつか自分の糧になるのだと。
 この時はそう、信じて疑わなかった。