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[番外]『背信』空花水葬の述懐


「……や、いらっしゃい。いい夜だね。
 ご注文は?」
「マスターのオススメ? ……お客さん、ここは初めて?
 いや、別にいいんだけどさ。オススメを訊いて貰えるってのはそれなりに嬉しいもんだし。
 つっても、オレはマスターじゃないんだけど。
 ……それでもいい? んじゃ、遠慮なくいつものを――」

「ウォッカ。――ロックでどうぞ」

「ん? なんで初めてか、なんて訊いたかって?
 そりゃ、ここでオススメなんて訊くのは大体初めてのヤツだからね。
 そうじゃなくて二回目も頼むようなヤツは、大体オレが顔を覚える。
 君はどっちだろうね?」
「え? 度がキツいって? いいじゃん、変に薄めた安酒出されるよりお得だろ?
 あんまりキツいようなら、主義には反するけど水出してやるからさぁ――」
「……出してやるとは言ったけど、早くない?
 もうちょっと堪え性ってものをさ……はい、どうぞ」

「……ひとまず落ち着いたみたいだね。何よりだよ。
 あ、このクラッカーはサービスね。簡単な料理も、注文してくれれば出すけど」
「え? 料理人? ……君、誰かからこの店のこと、聞いて来たの?
 あいつは気が向いた時にしか出てこないから、アテにして来るのは諦めたほうがいいよ。
 確かに料理は上手いけどさ。オレもそこまで下手なワケじゃないんだから」
「……そんなに気になるんなら、通い詰めでもしたらどうだい? 捕まえられるかもよ?
 オススメはしないけどね。あいつにそんな価値ないしさ。
 縋られても知らないよ?」
「それにしても、随分とあいつのことを気にするんだね。
 ……ま、丁度いいや。今日はお客も少ない。
 質問攻めにされるのも面倒だし、君の望む話と望まない話。
 お希ならば全部一緒くたに話してやるよ」
「オレとしては、マジックの方を見て貰った方が嬉しいんだけど――
 ――分かってるよ、話せばいいんだろ?」

「長い話になる。
 ……ウォッカでも呑みながら、気長に、ね」


「少しまどろっこしい流れになるけど、まずはオレのことでも紹介しておこうか。
 ――オレは、『背信』空花水葬であるところのバケモノだ」
「……その様子を見ると、バケモノについては知らないみたいだね。ま、それもそうか。
 この世界で『慟哭』以外のバケモノの存在を確認したことはまだないし――
 ――あいつと関わったヤツが、こう呑気に生き延びてるワケもない」

「バケモノってのは……ま、他称であり蔑称だし、とはいえ他の呼称だって
 ロクなもんじゃないから、とりあえずここはバケモノで通すけどさ。
 簡単に言えば、”世界”だ」
「あ、何言ってんだお前、って顔した。嘘じゃないよ?
 移動する世界であり、存在そのものが世界を侵食し呑み込むモノ。
 それがバケモノだ」
「世界なのに世界を喰うのかって? だって考えてもごらんよ。
 この世界は、あくまでもこの世界だろ。そこに他の世界が同時に存在できると思うのか?
 Aという世界にある空間が、同時にBという世界の所有物であれるとでも?」
「……ま、そうなりうる可能性は否定しないけど――生憎オレはそこまで慎ましやかじゃない。
 オレがこの場に世界として存在するというなら、そんな甘ったるい同居はゴメンだね」
「この空間を取り込んで塗り替えて、バケモノとして『背信』として唯一の世界として、
 ――”オレ”という一個として顕現してやる」

「ああ、今? 今は違うよ。
 確かにオレはバケモノであり世界だけど、今ここにいるのはその極一部だ。
 いちいち全部を担ぎ込むのも面倒なんだよ。
 一応でも生き物の形を保っとかないと、こうして人間と会話することだってできないしさ」
「別にオレはこの世界に喧嘩売りに来たワケじゃないんだ。
 侵食し呑み込むっても、こうして人間の形してる間は全く以て無害なもんだぜ?
 そもそも精霊協会には他の世界からの渡航者も多いし、
 妙な力を持ち合わせてるヤツもやたらいるしで、このハイデルベルクに於いては
 オレは全然大人しい方だと思って貰って構わないよ」
「そもそも、無条件に人や世界に喧嘩売るようなヤツだってそう多数派じゃない。
 そういうのは『戦争』だの『慟哭』だのに任しておきたいところだね。関わりたくない」


「じゃあ何しにこの世界にいるかって?
 ……ま、有り体に言えばヒマなんだよね、オレ。
 別に誰に喧嘩売るでもなく平和的に過ごしてると、どーにも刺激も何もなくてさー」
「だからこんなところでバーやって、君を相手にこんな話とかしたりする。
 要するにただの娯楽だよね。……人間だった頃に労働としてしてたことが、
 今こうして娯楽になってるってのも皮肉な話だけど」
「ま、でも、ただバーをやるだけじゃそこまで退屈も紛れないからさ。
 ――適当に、面白そうな玩具を見繕ってみたりもするわけだ」

「あはは、やっと話題が戻った、みたいな顔してる。察しが良いね?
 あいつがそんな面白い存在とは思わないけど――
 ――手紙を拾って、指輪を奪って、それなりの縁はできたみたいだ。
 極々些細な縁ではあるけれど、元よりオレはこの世界に同調しない異端だからね。
 これだけあれば十分なんだよ」
「とはいえオレが強要したことなんてそうないよ?
 オレはあいつが望む通りを叶えてやっただけだ。あいつも、何ひとつ拒みはしなかった。
 ……どう執心して足掻いた所で、死体は死体だ。
 どういうメカニズムで動いてたのやらオレには知ったことじゃないけど、
 動かなくなったんなら尚の事。
 あとは朽ち果てるだけのただの骸だ」
「それが受け入れがたいって言うんだから、ちょっと手を加えてやっただけ。
 流れる時間を裏切って、ただそこに在るだけの骸になってもらっただけだ。
 ……また動くようになれなんて大それた要求ならともかく、
 これくらいはお易い仕事だからね。時間なんてのはオレたちにとって大した障害じゃない」
「でもあいつにとっては、それだけでも少なからず救いになったみたいだ。
 ……実に滑稽な話だけど。ただ腐らなくなっただけだよ?
 それだけで、動くわけでも話せるわけでもないっていうのに」
「全く、どんだけ執着が強いんだか……ぬいぐるみか何かと勘違いしてるんじゃないか?
 死体を抱き締めて眠るってのは、なかなかぞっとしない構図だったよ」
「流石に咎めて引き離したけどね。
 変な干渉を受けると劣化するかもしれない、とかってさ。
 そんなことは本当は有り得ないんだけど、あいつがそれを知るはずもないし」


「ん? 何がしたいのかって? さっき言ったじゃん。
 面白そうだったから、適当に玩具拾っただけだけど。
 一応あいつの利になることはしてやってるから、そう悪質なことでもないと思うけどな?」
「ま、確かにあのまま死んだ方が幸せだったのかもしれないけどね、本人。
 とはいえあいつは自分で死ねるタマじゃないよ。そうだったらとっくに死んでるだろう。
 であれば手を下してやった方が親切なのかもしれないけど――」
「――そこまでしてやる義理もないだろう?」
「元よりこの世界にいるのはオレにとっては娯楽以外の何物でもないんだから、
 これくらいの遊びは許してほしいね。
 っていうか、君に許しを乞う義理もないんだけど」

「何がそんなに気に入ったのかって――別に気に入ったとかそういうワケじゃないよ。
 勘違いして欲しいな。気持ち悪いからさ」
「ただ、ああいう馬鹿は観察のしがいがあるんだよ、個人的な話。
 自分で自分の退路とか逃げ道とかそういうの全部塞いでさ、自覚あるにしろないにしろ、
 それで手に入らないものばっか見て足掻いてるタイプ。
 何考えてるかサッパリ分かんないし、何がしたいのかも全然理解できないけど」
「ま、少なからず苦しがってるのを見て胸がすくってのもあるよ? 勿論さ。
 気に入らないんだよ。
 だからこそこうして、中途半端に手を貸して眺めて楽しんでる」
「あいつがどうなろうが破滅しようが知ったことじゃない。
 ……既に破滅してるようなもんかもしれないけど、でも、
 あいつが何したって、あいつに何が起こったって、それがオレに影響を及ぼすことはない。
 所詮ただの、力ない一個人だろう?」


「料理人として手伝わせてるのは、まあアレにはアレなりの、一応目的があるからでさ。
 ”彼”が目を醒ますためにはどうすればいいかとか、そういうことだったかな?
 死霊術への造詣なんてろくろくないから、誰か詳しい伝手を見つける必要があるらしい」
「でも、あいつはオレの許しなしにこのバーから外には出られないよ。
 なんでかって? 変にふらふらされたら面倒臭いだろ。
 ってのは冗談――いや、半分くらいは本音だけど」
「ま、それ以前に精霊協会はもうアテにならないしね。
 ……アレも、元の知り合いとは、あんまり顔を合わせる気にはならないらしいよ?
 となるとまあ、新しく伝手を探す必要があるわけで」
「結局のところ、ウチの客から適当に見繕うのが一番、ってことになるんだ。
 精霊協会がああなった今でも、ハイデルベルクが人の集まる街であることに違いはない。
 何らかの技術を求めるのならば、頼りにはなるだろう」
「本当に”彼”の目を醒ましたいのなら――旅に出るなりなんなりして、
 自分の足でそのための手段を探し求めるべきだと思うんだけどね。
 彼の元から離れることを、アレは頑なに拒むから。
 ……滑稽な話だよ」

「ま、たまに客を部屋に連れ込んでは”お話”してるみたいだけど――
 ――あれも情報収集の一環なのかね?
 全く、男娼ってのは恐ろしいもんだね。習性か何かなの、アレ」
「人寂しい、とか、忘れられる、とか、あったかいし、とか、
 意味分かんないこと言ってたけどさ。
 これ以上忘れたいって言うなら、もっと忘れさせてあげてもいいのに」

「ああ、これ以上ってのは――なんて言うかな。
 あいつがここに転がり込むより前の話だけど、少しだけ遊んでやったことがあってさ。
 その時に、忘れさせたものがあっただけだ。
 ――奪ったもの、と言うべきかな?」

「――指輪と、記憶」
「あいつの最も拠り所とする2つの存在を、少しばかりね」


「うわ悪趣味、みたいな顔すんのやめてくんない?
 最初に言っただろ、そういう存在なんだ。
 ……あれ、言ってなかった?」
「そもそもこうでもなきゃ、馬鹿みたいな長話したりしないよ。
 最初から最後まで意味なんてないみたいな、さ。
 そもそもなんで君にこんな話したんだと思う?」


「――君だってどうせ、全部忘れてしまうからだよ」


「ご来店ありがとうございました。……大丈夫、客はちゃんと尊重するよ?
 オレは平和的だからね。濫りに殺すようなことはしないんだ。
 君だってオレにとっては有害な存在には成り得ないんだから。
 だから安心して眠ればいい。
 再び目覚めた時には、ここはただの何の変哲もないバーだよ」
「もしかしたら、料理人がカウンターに立ってるのが見られるかもしれないけどね?」


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