ドクターフィッシュの煮物 ちょっと食べてみたけど意外と美味しい でもあれ大きかった気がする よくさばけたものだ
盛り塩のお話 客商売? したことがない よくわからない
銀色の小さな玉 プレゼントでお年玉 真っ赤なおめめのサンタから
お守りを作ったという手紙 気になるので行けそうなら行きたい
大きな赤い足型の押された紙 天誅? 受ける覚えがない なにか悪いことをしただろうか
不思議なものが沢山詰まった金の箱 また海に流すことにした 誰かのもとに届きますように
今日は豊作だった 嬉しい いろんなものが拾えると楽しい
海はよいものだと思う 鳥も歌っている
歌のうまい人に会ってみたいとも思う
☆ ★ ☆
クロニカが目を覚ましたのは、淡く明滅する光に瞼を照らされてのことだっだ。
柔らかく、しかしすべらかな光だった。紐に留められて枕元に置かれた髪飾りの石が、ちかちかと静かに輝いている。
薄い掛布から這い出て石を手に取る。掌の中に収めた石が煌めく様子を間近で眺めようとして、
(……止まった)
そこで光は失われてしまった。
石を指先で摘んで振ってみても、ぺたぺたと触れてみてもうんともすんとも言わない。先程までは元気に光っていたというのになんとも薄情なものだ。
寂しい気分になって髪飾りを再び固定する。
髪飾りの光が失われてしまえば、部屋はなんとも暗く静かだった。
緩やかに押し寄せるさざなみが耳を、身体を揺らしては引いていく夜だった。
寝台から降りてカーテンをめくる。窓の外に広がる海は黒く暗晦だ。
テリメインに生きる者たちにとって夜は一般的に眠りを摂る時間らしいがそれも納得だった。夜の海は、夜の森よりも静謐に満ちて途方もなく、見るものに畏怖を与えて横たわる。
(郷の湖は、夜であったとしてもこれほどに昏くはなかった)
クロニカは湖の畔で育った。
ニールネイルの湖。山奥密か、神秘の湖。眠りについた”Y”がその藍色の湖底に沈められるのをクロニカは見てきた。いつか自分もそうなるのだと聞かされていた。
こうして見下ろす海は、自分たちが慣れ親しんだあの湖とは全く違う。セルリアンは穏やかな海であるはずだった。それでも、あるいはだからこそ。この世の果てのように昏く、それは大口を開けた絶望の淵に似ていた。囚われたら、二度とは還れない。
クロニカは多少は夜目が利く方ではあったが、この黒い海を眺めていると、夜を休息の時間とすることに異論が起きようはずもなかった。
どうせ一人では目的も何もないのだ。クロニカの仕事は、ディドに随伴して遺跡探索の手伝いをすることだ。その点に於いては十二分に役目を果たせていると考えている。
『……ひとの命を啜る生き物か』
雇用主の言葉を思い返す。
今となっては、そうなってしまった、とも言えるのだろうか。求めるだけで産み落とすことをしない生き物に成り果てた。
少なくとも、ディドから譲り受けた精で飢えを凌いでいる今、クロニカはその言葉に反論する権利を持たなかった。
飢えを凌いでいる。
腹を空かせている、というのとはまた違う。精を求める血が本来の夢魔族に比べて薄いからだろう。
身体と肌が、求めている。本能が警告している。そういう感覚。渇望が全身を巡って手足を引っ張る。
どうしても身体は重い。とはいえ郷を出て暫くしてからはむしろ慣れっこの感覚だ。酷くして行き倒れたこともあったが、血を与えられるようになってからは、そこまで酷いことはない。
引きずれば動くし、身体に重いものも抱えていない。元より自分の仕事は激しく動くことではない。後ろに下がって主砲の仕事をすればそれでいい。殊更動くような立ち回りは、ディドの仕事だ。
そのディドは隣の寝台で眠っている。
正直、あんなにも血の提供を渋られるとは思わなかったというのが本音だった。
それともクロニカが迂闊なことを言わなければ渋々でも問い詰められることはなかったのだろうか。代替手段があることを知ってから随分と胡乱な顔をするようになった気がする。
正しく言えば今こうして血を摂っていることの方が代替手段だ。ディドがそれを察しているかどうかは分からないが。
――そう。代替手段なのだ。
血でなくともいい。というよりは。汗や涙に比べれば血がいいが、血よりも欲しいものがある。それだけだ。
血より欲しいもの。カーテンを閉めて、ディドを振り返る。こうして同じ部屋で眠っているのは、そうした方が金が浮くからだった。一人部屋を二つ取るより、二人部屋を一つ取った方が安い。世の中はそうできていた。理由としてはそれだけだが、大きな理由だ。
だから、
(欲してしまえば、簡単なのかもしれない)
それは言い付けを破ることになってしまうから、今のところクロニカにそのつもりはない。しかし、どうにも容易いことにも思えた。
腕力で勝てずとも眠る相手は無防備だ。夜目も、多分自分の方が利く。やってやれないことはない。
別に相手を害す行為でもない。それに、血を拒むのならば、そちらの方が話が早いのは確かだ。禁ぜられたから。実行に移すつもりはないのにはそういう理由があるが、禁ぜられた理由に関しては、覚えていない。伝えられただろうか。朧気な記憶を掘り返そうとして、どうしても掴めず諦める。
ディドの、その肌に触れたことが、ほとんどなかったことを思い出す。血のやり取りは、ほとんど何か容器を介して行われていた。
飢えとはまた異なるものに根源を発する、それでも貪欲に求める心。気配として感じ取れる意志、抑えられたしかし色濃い、触れることなく肌を灼くほどの強いもの。
クロニカには重ねた皮膚からその心の動きを読み取る力があった。
当然うまく読み取れない相手もいる。どれだけ深く触れ合ったとしても、全く何も伝わってこないような相手もだ。クロニカはそれを”波長が合わない”と称している。
そして、その逆もいる。触れずとも。隣に、近くに、その気配だけで。
触れてしまえば、もっとよく分かるのだろうか。
「……何をしている」
「え」
目が合った。熟睡していたかに思えた雇い主が、その眼を開いてクロニカを見ている。
不機嫌な気配がゆらり立ち昇る。起こされたからだろうかと考えたところで、常にこうだったと思い出した。
「聞こえないのか」
「……別に。目が、覚めたから」
「…………」
「…………」
睨まれる。濁った、というのとはまた違う、しかしどうにも荒みきった目つきであると思う。威圧感がある。もしくは、威圧感を与えるためか。
そうでなければ生きられなかったか、生きていけないと思っているのか。
どちらにせよ前言撤回。この雇用主、眠っているように見えても、存外隙はなさそうだった。
みゅう、みゅうと、空に歌う鳥の声を聴く。
寝直すにもうまく行きそうになかったから、部屋を出て外で海を見ていた。あんなにも昏く黒かった海が、その端に立ち上る太陽の光で色を変えている。
朝焼けと言うのだ。水平線を渡る、黒を染めるあたたかい光。空も雲も、歌う鳥も、クロニカも、光に照らされて暖かく包まれるような心地がする。
セルリアン。穏やかな海を、祝福するソレイユ。陽の光。木漏れ日とはまた違う恩恵。天に在って在野を見守るもの。
クロニカにとって、太陽はそういうものだ。
みゅう、みゅう。鳥が歌う。声を重ね、調子を合わせる。
空に遠く、誰にも届けず。一人きりで時を過ごすのに、クロニカはとうに慣れていた。