-DAY8-


海は広い
広いので、進んでも進んでもあんまり変わった気がしない

でも変なものが沢山拾えるからいいこと

変な音と声の聞こえる瓶
マリモ
七色に輝く真珠細工 何の形?
むきえび 退魔の力があるらしい 初めて知った
手紙 カレー? の話

沢山拾いすぎてごちゃごちゃしてきた
そろそろ整理をしたほうがよさそう
でもなんだかもったいないな



☆ ★ ☆



 海の中で歌を聴いている。



 スキルストーンとは便利なもので、クロニカは酸素が必要な生き物で、鰓も持ち合わせていないが、このお陰でこうして長い間水の中に潜っていられる。
 クロニカの故郷には湖があり、好んで潜ったりしたものだが、当然ながら海と湖は大きく色が違った。水深が違う。水質も違う。息づくモノたちが、違う。

(湖は藍色だったけど、この海は碧って感じだ)

 母なる海、という言葉を本で読んだことがある。
 生きとし生けるものの起源は、海にある。そういった意味らしい。
 クロニカの故郷には海がなかった。あったのは、湖だけだった。
 あの藍色の湖と遺跡。それがクロニカの記憶に残る、故郷の象徴だった。



 手を引かれたのを覚えている。
 ごめんね、ごめんなさい、繰り返される言葉も覚えている。その理由が分からない。その手を振り解く気にならない理由も。

「解放してあげられると思ったのに。だから呪いをかけたのに」
「解放?」
「血を混ぜることが、存続させることが、そんなに大事? あなたが犠牲になることなんてないのに」
「……待って。話が読めない」

 激しい嵐の日だった。
 暗い色の空がしきりに唸り、大きな雨粒が身を叩き、時折走る稲光がその頬を一瞬だけ照らす。
 濡れた頬。白い頬。

 足を止めたそのひとが振り返る。
 泣きそうな顔なのか、本当に泣いているのか、区別がつかなかった。

「犠牲になどなっていない。できることを、しているだけで――っ」

 ぴりと肌を刺されるような鮮烈な感覚。
 電流のように走った、繋がれた手からだ。深い情愛と、それよりなお深い慨嘆。
 泣いている、と思った。
 目の前のひとは泣いている。

「……ごめんなさい。その通り。間違いない。……でも、今はそれができない」
「でも、呪いが解ければ、元通り」
「解けない」

 触れた場所から伝わるものは色濃い感情だけではなかった。
 冷え切った皮膚の感触。握り返しても包み込んでも温まることのない。
 頑なに強張っていた。

「解けないの。……解かせてはならない」
「それは困る。このままでは、役目が――」

「――役目なんて」

「役目なんて、果たさなくていい!」

 雷鳴。悲鳴に似ている。木々の声。雨に打たれて揺れ落ちる葉、風に押し流されてしなる枝。
 呼応するように泣き叫んでいる。この森が。この山が。

 藍色だった湖は、今はどうなっているだろう。

「自由に、なりなさい。自由になるの。……あなたは」

 泣き声だ。握った手に手を重ね、縋るように胸元で泣いている。
 言われていることが理解できない。昔、教わったことと、多分違う。
 そう在るべきと教えられた中に、そんなことは含まれていない。

「あなたは、私の――」



 海の中、泡が浮かぶ。
 耳に届く歌は耳慣れたものとは程遠かったが、クロニカの耳には十分心地よかった。