69.花冠
咲き零れるネクターが風に揺らされ、散った花弁が空を舞い上がって降り注ぐ。
一揆が終わり、脅威は去り、メルンテーゼの民がこの地に押し寄せるようになれば、ネクターは奪い去られ、この赤い庭園も失われるのだろう。
それが多少なりとも惜しく感じられるのは、この赤に自分も心を、奪われているからだろうか。
空気は濃密だ。
暴力的なまでの力の気配は、五感が狂っても尚、圧倒的なものとして君臨し続けている。
だからだろうか。惹かれているのは。
だからだろうか。惜しむのは。
花冠に残されたものは少なかった。
というより、既に、手放している。
帰る術はあった。それを承諾してくれる者もいた。
それを断って一人道を歩いたのは、自分の帰郷の念がただ贖罪の想いから来ることを思い出したからだ。
その贖罪が果たされるべきものでないと知っているからだ。
自分が殺した子どものために、その子どもを模して、彼の故郷へ帰ろうだなど。
ただの自己満足の虚栄心など、満たされるべきではないのだ。
自分が迷い込み、訪れ、旅をしたのがこの地で良かった、とは思う。
よき出会いを得た。よき日々を過ごした。
忘れていたものを、思い出しなどもした。
それはこの地でなければ為し得なかっただろう。
花冠にとっては祝福に他ならない事実であった。
歩みを続ける。
自分が歩んでいるこの場所が、道であるかも分からない。
頬を撫ぜるのは花弁か風か。それとも違う、なにか、形を持たぬものか。
分からないが不快ではなかった。
包まれるような錯覚だけが残った。
ちりちりと焼け焦げるような心地がする。
時間がどれくらい残されているかは分からない。
今までの生に比べれば短いものだろう。
ただ、それが実際の時間としていかほどであるか、最早それすら掴めないほどに、感覚も何もかも狂っている。
或いは時を過ごすうちに、身体よりも花冠の精神が先に果てるかもしれない。
果てた後に、何か違うものが芽吹くかもしれない。
それは希望ではない。当然絶望でもない。ただ、可能性として、事実として、そこに横たわっているだけだ。
既に花冠は死しているだろう。その先のことは、自分には分からない。
知ったことでもないと、無責任にも思った。
ただ、その器に、どこか自分の形が、面影が残っていたのだとしたら。
再会という響きに心を躍らせてしまうのは、全くどうしたって、身勝手が過ぎる。
それを自分に許してしまう程度には、花冠という人格はやはり甘く作られていた。
元より甘い子どもを模したものだ。異形に手を伸べ、裏切られ、共に過ごすうちに情を抱き、友情すら感じてしまう。
彼はあまりにも甘い子どもだった。
それが眩しかった。
焦がれていた。
その想いを今も引き摺っているのかは分からない。
ただどうしようもない自分への諧謔だけが残っていて、だから、
ここで果てることができるのは、他でもない、幸いであると思えた。
世界は朱い。
狂った瞳で、天を、最果てを映す。
その様が鮮やかで、狂おしくて、何より、
??恋い焦がれたものとはひどく遠く在ることに、満足していた。