十日目

「……ねえ、ちょっとリー、聞いてる?」

 窺うような声に、意識が戻される。
 視線を上げると膨れっ面のメリスの顔が目に入って、ああ、聞いてる、と反射的に生返事をした。

「……何の話だっけか」
「聞いてないじゃないのよ」

 メリスが溜め息をつく。その様子すらどこか上の空で眺めていた。



 不覚を取って機体大破に陥ったのはこの前のミッションでだ。
 もともとのアセンブルのミスもあった。その時点でも大概だが、それだけでは済まされない無様でもあった。
 結局最後には自分一人が落ちてメリスに尻拭いをさせる結果となってしまった。
 本当に、どうしようもなく、無様だった。

 リーが気にしたのはその無様よりも、機体の整備のための余計な出費のほうだったが。



『言っておくが、この中のどの企業に彼女が売られたかはまだ分からない。そもそもが候補のリストに過ぎないんだし、もっと別のどこかに買い取られた可能性もある』

『……だからまあ、そんな怖い顔するなって。悪かったからさ』

 この路線で調べてみる、続報が分かったらすぐ伝えよう。その時はまたよろしく頼む。
 ハトはそう言い残して席を立った。


「全く、どうしたのよ。貴方最近変だわ」

 紅茶を飲みながらちらりと視線を寄越される。それが怒りよりは心配から来るものであることを理解しつつ、真面目に取り合ってやれるだけの余裕はなかった。

「……手のかかる僚機に疲れが来たかな」
「悪かったわね、足手まといで。でも最近はリーの方が手がかかってると思うんだけど」
「フォローに回るために神経使ってんだよ。まさか手前の力だけで戦場を駆け回ってると思ってんじゃねえだろうな」
「思ってないけど!」

 大人気ない言葉、八つ当たり。
 強められた語気にとうとう腹を立てたかと思えばすぐにそれが萎んでしまう。
 苛立たしさを募らせているのは、自分のほうだ。

「……でもそれにしたって変だわ。小さなミスも多いし、アセンブルも間違ってたし。その、本当に疲れてるなら一度休んでもいいんじゃないかしら」

 自分を気遣っている台詞だということも理解している。
 だが、その気遣いは、自分を理解していないということも分かる。

 当たり前だった。
 何も伝えていないのだから。
 そもそも理解されたいなどと思ったことはないのだから。

「あー。まあ今が稼ぎどきだからな、それが終わったらタップリ休むさ。お守りからも解放されるしよ」
「悪かったわね、もう」

 結局吐き出すのは軽口と皮肉ばかりだ。そういう風に生きてきた。
 それなのに彼女は相変わらず、どこか不安げにこちらの顔を覗き込む。

「……寝れてないんでしょ」
「誰かさんがいつ来るか気が気じゃねえからなあ」
「嘘つき、私が来たところでいつもしっかり寝てるじゃない。……具合が悪いとか、心配事があるとか、そういうのじゃないの?」
「あーあるある、お前が暴走して敵に突っ込んでったらどうしたもんかとか、またすごいとこでポカやらかすんじゃねえかって」
「……随分と私のこと考えてくれてるのね、嬉しいわ」

 ひどく上滑りした会話だと思った。
 それが当たり前で、それに慣れていて、それが心地よいはずなのに、
 妙に座りが悪い。

 だから残ったコーヒーを喉に流し込むと、逃げ出すように席を立った。
 話は終わりだと喫茶を去ろうとする。

 その前に、

「あの、リー? ……一つ、聞きたいことがあるのだけれど」

 問い掛けられて振り向いた。
 なんだよ、と首を傾ける。
 メリスは自分から呼び止めたくせにいやに落ち着かない様子で、視線もこちらに向けずに、ただ、ぽつりと。



「……家族は、居る?」



 おかしな質問だと思った。
 こんなところで、こんな状況でする質問じゃないだろう。
 そもそも自分に家族が残っていたのなら、みすみすこの娘に命を救われるようなこともなかっただろうに。

 家族が残っていたなら、すぐに脱け出していた。
 ただ一人の家族が、自分の手の届くところに残ってくれていたのなら。

「いたらもうちょっとマシな人生送ってたんじゃねぇかね」

 だからその問いに返す言葉もやはり、軽口の延長線を過ぎることはなかった。