三日目

「……まー、初めて組んだにしちゃ上々かね」
 メリス・カークライトと組んでの初任務の成果を、リーはそのように評した。
 メリスの動きが基本単純で読みやすいのも助かった。ハイドラライダーとしては決して好ましくない特性だが、勝手の分からない初心者としては有難い。支援がしやすいしあまり邪魔にもならない。存外筋は悪くないのかもしれない。
 ラウンジで供されるコーヒーは宛ら泥水のようだった。それを飲みながらタブレット端末で購入可能パーツリストと次回作戦の予定を確認するリーの隣で、

「ねえねえリー、私頑張ったでしょ? 戦うの二回目だったけど、よく出来たと思わない? ねー?」

 浮かれた様子で目を輝かす彼女の顔を見ていると、やはり帰れ、などと言いたくはなる。



「あー。まあよく暴れたな」
「暴れたってそれ褒め言葉じゃないし……」

 不満気に口を尖らす彼女を軽く流して液晶を覗き込む。表示されているのはメリスのウォーハイドラの機体値である。支給された当時からあまり手を加えていないその中で、燦然と輝くのが粒子防御のゼロの値だった。敢えて切り捨てた結果でもあり、そもそも手持ちがなかったので補填も叶わなかったのだが、リーは物理防御値と同じくらい粒子防御値を重視していた。それがゼロ。よくまあ大破もせずに今回無事に、といったのが率直な感想である。
 ミッションリストを見る限り、次回も似たような作戦を選ぶのが良さそうだから急いでどうこうしなければならない、というほどではないが、なんにせよ気を払っておく必要があるだろう。なにせこのお嬢様はその数値の示すところもろくに理解していないようなので。
 その証左として、

「ねえねえリー、何か手伝うことある?」

 袖を引いてそう声を掛けてきた彼女に、購入可能パーツリストを表示したタブレット端末を指し示す。
 きょとんとこちらを向いたところで、意味分かるか、そう問いかければ、メリスはまじまじと横顔だけは真面目に立ち並ぶ数字を眺めたのち。

「……パーツの名前までは、分かるわ」

 これである。
 全く荷の重いことだった。



 捨て置くことは簡単な筈だった。彼女のお守りをしたところでリーには何の益もない。頼まれたわけですらない。数年前に短い時間を共に過ごしたことがあった。それだけの仲だ。特別な縁があるわけではないのだ。
 少なくとも彼女にとってはそうだ。金持ちの家に生まれて、無条件の愛を享受して、何不自由なく満ち足りた人生を送ってきた箱入り娘。自分のような外れ者を気にかける理由はどこにもなかった。延べられた手はただの気まぐれに過ぎない。或いは同情。それすらも恵まれた生まれに裏打たれる。彼女がリーと同じように生まれて、同じように何もかもに餓えて育ってきたなら、その手は何を掴むこともなかった。何一つ救うことなどできなかった。
 リー・ニコルズはあの日に死んでいた。



「その、射撃は得意じゃないの。銃なんて一回も扱ったことないし、何も考えずに相手に武器ぶつけてる方が楽だし、……でも少しぐらいは出来た方がいいのかしら?」
「まー身一つで動いてる訳じゃなし、搭載しときゃ適当に牽制くらいはやってくれるぞ、こいつらは。俺はそっちのが本職だが。ある程度はウォーハイドラに任せるつもりでいいと思う」
「ああ、そうなの? ふうん、案外お利口さんなのね。ならいっか」

「あ、そだ、そういえばパーツ作るための素材とか色々あったけど何か作った方がいい? 私相手の妨害が出来そうな動作不良誘発みたいなの気になるんだけど、……勝手に作っちゃダメ?」
「ああ、いいんじゃねえの? 今回ケチって外部の業者入れねえみてえだしな、適当に作ってライセンス料でも狙っとけ」



 メリスの飲み込みは決して悪くなかった。
 好奇心旺盛なのはいいことだ。戦場で迂闊にそれを発揮されたら困るが、こうして学びに向けられるぶんには助かる。早く独り立ちしてくれると助かるが、恐らくそれよりは先に、この戦争の集結が訪れるだろう。

「なんだか話を聞いていたら、此処で貴方に出会えて良かったって改めて思ったわ。私一人じゃそこに書かれてある難しい言葉も理解出来なくて、本当にやっていけなかったもの」

 笑う様子は花のかんばせで、改めて、不似合いだ、と思う。

「リーってすごいのね」

 自分が向けられるには。
 こんなところで共に在るには。

「へーへーどういたしまして」

 軽く応えて立ち上がる。整えられた柔らかい銀髪に掌を触れて、

「世辞のついでに操縦もうまくなってくれると助かるんだけどな」

 そう憎まれ口を叩くくらいが、恐らく自分には似合いだろう。