六日目

 リー・ニコルズは苛立っていた。
 懇意にしている情報屋が掘り出しものの情報を手に入れたと連絡してきたまではいいし、この情報は直接会って伝えたい、できれば人目のないところで、と言われて、では自分の住居まで来い、と呼び寄せたまでもいい。わざわざ残像領域まで来いというのか、と不平を言われたのも、最終的にはこちらの事情を汲んで承諾してくれたのだから構わない。
 だが約束の時間を一時間も二時間も過ぎても一向に連絡がないというのはどういうことだ。既に夜は遅い。あれが時間にルーズであることは十分承知していたし、それは信用第一の情報屋としてどうかと思いながらも情報の正確さゆえに付き合いを続けているが、それでも明日出撃を控えている身では流石に苛立ちを隠しきれない。時は金なり、という言葉を知らないのだろうか、あれは。
 メールでは伝えられない情報だということで、混み入った話になる覚悟をしていたし、だからこそ幾らか早めに時間を指定したというのにこれとは。いい加減今日は仕舞いだ出直しやがれ、の啖呵を送りつけたところで違約金を求められることもないだろうか、そう考え始めた矢先のことだった。

 こつこつ、と、ひどく控えめなノックの音。
 らしくもない、流石にこちらの苛立ちを察してのことだろうか、殊勝で良い事だとかわいげすら感じないままに無造作に扉を開けて、

「おせぇぞ、どこで道草食って――」
「よかった、まだ起きてたのね」

 思わずリーの息は止まった。
 視線を下げる。枕を抱えて完全に寝る気満々の様子、ここがどこだか分かっているのだろうか。真夜中にアポイントもなしで男の部屋を訪れることの意味を、このお嬢様は恐らく、いや間違いなく分かっていない。
 それに呆れるよりも先に、しまった、と思った。少女がリーの足を見て表情を凍らせる。クソが、内心毒づく。
 だから義足のことは伝えないでいたのだ。外で使っている高性能のそれであれば動作に不自然は生じないし、文字通りそれで足を引っ張ることもない。服を着てしまえば隠せてしまうから。
 こんな瑣末にすら、彼女はわざわざ心を曇らせるから。

「メリス、お前、……何の用だ」

 自然声には険が篭もる。只でさえ苛立っているところの青天の霹靂に、焦りが口調を尖らせた。恫喝のように低くなったトーンに、目の前の少女が身を竦ませる。

「……あ、あの、その……今日、一緒に寝てくれないかなって、それで、……それで、来たけど」

 声は怯え切っていた。視線も、同じく。目を離せない。そんな様子で何度もリーの足を、――リーの義足を見る。
 その視線には煩わしさを感じたが、それ以上に、馬鹿げた彼女の言葉に不意を打たれた。半ば冗談のようにつけていた予測が的中して、怒りと焦燥に取り残されていた呆れがやっと追いついて来る。
 否、追い越した。

 ため息。
 深く息を吐く。
 何もかも、馬鹿らしくなった。

「……誘ってんのか、それは――随分と大胆じゃねえか」

 通じないだろうと思って放った揶揄はやはり通じず、しかし馬鹿にされた、とは思ったのだろう、一端に肩を怒らせてメリスは怒鳴る。

「そ、そーよお誘い! 一緒に寝ようって! 何なのよリーったら怖い顔して、びっくりしたじゃないもう!」

 っていうかその足なんなの、もういいから早く入れてよ寒いし怖いし何なのよ馬鹿、マシンガンのように文句を叩き付けられ勢い枕で胸元を叩かれるが、非難される謂れは自分にはない、と客観的に胸を張れる。が、それ以上に彼女の発言に切実な眩暈を覚えて思わずよろけた。おっまえ、呆れに自然、声が上擦る。

「たく、カークライト家はどういう教育してんだ……」

 箱入り娘を戦場へと送り出す前に、教えることなどいくらでもあるだろう。命のやり取りだとか、戦うための心構えだとか、そういった類のものに関しては百歩譲って目を瞑っても、淑女としての振る舞いくらいは叩き込んでおくべきだ。
 でなければこのような品の悪いゴロツキに取って食われるようなこともないだろうにと内心で嘆きながら、リーはメリスを自室へと招いた。

 招かれたその本来の意味も、間違いなくこの娘は知らないのだろう。
 それを教えてやるべきか否か迷いながらリーはまず、時間にルーズな情報屋に苦情と延期の連絡を入れるべく端末を手に取った。なにせ今から来られても困るもんで、百歩譲って違約金を求められてしまったらこの娘に請求しよう、こいつに自由にできる金がどれくらいあるか知らんが、と、白々しい皮算用をしながらメールを打った。