十日目

 違和感。

「……ねえ、ちょっとリー、聞いてる?」

 次のミッションに関して、作戦を立てようと喫茶に自分を呼び出したのは彼の筈だった。
 それが来てみればどうだ。上の空も上の空。先程から言葉を投げかけても返ってくるのは生返事ばかり。
 聞いていると、ああ、と。漸くこちらを見て返事をしたかと思えば。

「……何の話だっけか」
「聞いてないじゃないのよ」

 この始末だ。大袈裟に溜息を吐いてみせて、もういいと首を横に振った。

「全く、どうしたのよ。貴方最近変だわ」
「……手のかかる僚機に疲れが来たかな」
「悪かったわね、足手まといで。でも最近はリーの方が手がかかってると思うんだけど」

 別に理由なしに変だとか手がかかっているとか決めつけているわけではない。
 思い出すのは前回のミッション。この頃は二人で戦うことにも慣れて連携だって上手くいっていた筈なのに、彼のウォーハイドラはどうしてか大破。無事に作戦は成功したから結果オーライといえばそうなのだが。
 
「フォローに回るために神経使ってんだよ。まさか手前の力だけで戦場を駆け回ってると思ってんじゃねえだろうな」
「思ってないけど!」

 彼が紡ぐ言葉は事実ではあるけれど、違うのだ。そんな言葉を紡がせたいわけではない。
 高揚しかける気分を抑えつけ、自分が本当は何を口にしたいのか探しだす。

「……でもそれにしたって変だわ。小さなミスも多いし、アセンブルも間違ってたし」

 いつもよりずっと目立つ目の下の隈。らしくもなく欠けてばかりの集中力。
 どう考えたって、その身に疲労が溜まっているのは明らかなのだ。

「その、本当に疲れてるなら一度休んでもいいんじゃないかしら」
「あー。まあ今が稼ぎどきだからな、それが終わったらタップリ休むさ。お守りからも解放されるしよ」
「悪かったわね、もう」

 何とか見つけ出せた本当に言いたかった言葉を、けれど口にしたところでそれは彼の心を掠めることもしない。
 結果先程と同じような返答を返すしか無く、無意識の内、溜息が漏れた。

「……寝れてないんでしょ」
「誰かさんがいつ来るか気が気じゃねえからなあ」
「嘘つき、私が来たところでいつもしっかり寝てるじゃない」

 どうしたって拭えない違和感。

「具合が悪いとか、心配事があるとか、そういうのじゃないの?」
「あーあるある、お前が暴走して的に突っ込んでったらどうしたもんかと、またすごいとこでポカやらかすんじゃねえかって」
「……随分と私のこと考えてくれてるのね、嬉しいわ」

 その正体を探ろうとして、なのに何も掴めない。
 返ってくる軽口はいつも通りなのだから不安など感じなくても良い筈なのに、先程から、いや数日前から妙な胸騒ぎが止まらなくて。
 話を切り上げたいのか席を立った彼を、せめて少しでもこの不安を軽くしたくて呼び止めた。

「あの、リー? ……一つ、聞きたいことがあるのだけれど」
「あん?」

 呼び止めておきながら彼の顔を見上げることは出来ないで、既に中身は飲み干してしまったコップの底へと視線を向けた。

「……家族は、居る?」

 胸騒ぎの理由。
 思い出したあの子の存在が、どうしても彼に結びついて仕方なかった。
 あの子の求める"おにいちゃん"が彼だったところで、それがこの嫌な胸騒ぎに繋がる明確な理由は無いというのに。

「いたらもうちょっとマシな人生送ってたんじゃねぇかね」

 それでも、返って来た彼の言葉に胸を撫で下ろしてしまったのは、恐らく。

「ああ、うん。……そうね、居たらきっとそんな性格してないでしょうし」

 漸く彼の顔を見上げて、なんとかいつも通りの笑みを浮かべてみせた。

「聞きたかったのはそれだけ。次の作戦の見直し、ちゃんとしておいてね」
「へいへい。お前もヘマやらかすなよー」

 そうしてひらりと手を振って喫茶を出て行く彼の後ろ姿を見送ってから、自身の持っていたタブレットを見下ろす。
 今まで一度も触れたことのない、特定の者だけが繋ぐことの出来るカークライトのデータベースにアクセスしようとして、やめた。

「……、……」

 勘繰る必要はない。問題は無い筈だ。何もかも杞憂である。
 あと数日、全ての任務を終えればまた元の日常が帰って来る。
 そこに彼の存在があってほしいなんて高望みはしない。望みはしないからどうか。

 何も変わらないようにと、ただそれだけを祈った。