四日目
――おにいちゃんのこと、ほんとうにだいすきなんだね。
そう私に告げたのが誰だったかは忘れたが、私は笑って頷いたと思う。
大好きだ、この先もずっと。
お父さまより、お母さまより、お兄さまのことが。
私はお兄さまに救われたのだから。
*
「また負けたあ〜……あああ〜……」
枕に顔を押し付けてみる。ごろごろとベッドの上を転がってみる。
しかしあんまり効果はなさそうだ。この悔しさを消化するに対しては。
「もうちょっとこう、上手く動けたら良かったのよね。動いたつもりだったんだけどな、もー難しい……」
意気込んで家を出てきて負けてばかりというのも勿論恥ずかしいのだけど、弱い自分に付き合ってこのような結果に陥っているリーのことを考えると申し訳無さできりきり胸が痛むのだ。
恐らく彼があのように傭兵として働くのは生活のためなんだろう、苦しい世界を生き抜いていくのに必要な大切な資金を稼ぐため。
勿論私にも家の名誉のため、しっかりとこの残像領域を調査しなければならないという責任はある。
けれど名誉という目に見えないお飾りと、彼にのしかかった重荷とを比べたとき、自分が大切だと考えるのはどうしても後者なのだった。
貴族としては立派な思考ではないのだろうが。
「お父さまに聞かせたら、また呆れられるかな」
大事なのは家の繁栄、存続、今の地位に在り続け、そして更なる高みを目指すこと。
当主としてのお父さまの在り方は正しいものだ。その手腕は確かに他の家の者たちにも高く評価されている。
地位の低い者に向ける瞳はあまりに冷めているけれど、でも私のことをちゃんと愛してくれるから悪い人ではないのだと思う。
立派だ。お父さまは立派。
立派だけれど、私にはどうしてもそう簡単に切り捨てられない。
例え身分が違おうが、同じ人間なのだから、と思うのだ。
それに、この地に来て数日経った今漸く気付いたけれど。
「……正直、こんな場所じゃ名誉とかあんまり関係ない気がするのよね……」
貴族同士が張り合ってそれぞれの家名を轟かせるような場を当初は想像していた。
ところがどっこい、数日経った今でも目立つのは、というか任務に出ているその殆どが日々金稼ぎに没頭しているような傭兵たちばかり。
ならそこまで気を張って『家のため! 家名が傷つかないように! 名誉が!』なんてしなくても、最低限のことをして決められた日数任務を完了させある程度の情報を政府提出すれば丸く収まる気がするのだ。
勿論やり切らなければ流石に何か言われるだろうから、帰るという選択肢はやっぱりないのだけど。
そう考えてしまえばやっぱり重要すべきは生き残ること、そしてこれ以上リーの足手まといにならないことに尽きる。
なら足手まといにならないよう今の自分にできること、それは。
「機体操縦の特訓にー、……それから、勉強?」
そういえば彼はアセンブルがどうのこうのと言っていた気がする。
この前見せられたわけのわからない数字が色々書かれた画面、それが確かアセンブルとやらに関係することだった筈だ。
私の乗っているウォーハイドラ、"アストライア"。
前はその機体のパーツをどうするか、彼の言葉通りにふんふんと頷いていただけだったけれど、それが既に足手まといなことを象徴しているのではないか。
ハイドラライダーとして動くのなら、自分のウォーハイドラの面倒ぐらい自分で見るのが当然なのでは。
というか、当然だ。
「よし、それならまず勉強よ勉強! えーっと、タブレットはっと」
ぴょんとベッドから飛び降りて、テーブルに置きっぱなしで碌に触れていなかったタブレットを手に取る。
ウォーハイドラに関するページにアクセスし、長々と書かれている説明に目を通していく。
正直に言えば、一度読んだだけでは書かれていることの半分も理解出来ない気がするけれど、そこでへこたれていてはダメだ。
一ハイドラライダーとして、これぐらいはわかるようにならなければきっと恥なのだから。
「それで色々詳しくなって、次会ったときリーをびっくりさせてやるんだわ!」
ぐっと拳を握って一つ決意。
そうして少し頭の足りない少女は、前よりもウォーハイドラに関する知識が増えた自分に驚いた彼の顔を想像しながら、にやにやと説明を読み進めていくのだった。
結果、少女は彼を驚かせることには成功する。
「……大丈夫か、お前」
「うん……」
何度読んでも理解が出来ず寝ずにタブレットと向かい合った結果、目の下に出来た酷い隈によってだが。