七日目

「……その足、今みたいな戦争で失くしたの?」

 勝手にベッドの上にお邪魔した私は、漸く開きっぱなしだったピザの箱の蓋を閉めてくれた彼をじいと見つめた。
 眠る前にどうしても聞きたかったこと。さっきは驚きと恐怖で上手く喋れなかったけど、今度こそはと気合も込めて。
 知らなかったそれを視界に入れて、見なかったことに出来るほど自分は器用じゃないから。

「あー、戦場でパーツ漁ってたらボンってなー。お前は迂闊に生身で降りるなよ。五体不満足じゃ嫁の行き場にも困るだろ」
「ボンって」

 しかし返って来た返答のあまりの軽さに、一度は収まった筈の怒りが胸中を埋め尽くす。
 嫁の行き場とかリーに心配されることじゃないし、私はリーみたいにそんな馬鹿なことして怪我しないし、言いたくなったことは山ほどあるが、それでも一番頭に来たのは。

「――ボンッ、じゃないでしょリーの馬鹿! あのね、前から思ってたけど今確信したわ、貴方自分の身体全然大事にしてないでしょう!? 五体不満足で困るのは私だけじゃなくてリーもなのに、なんでそこまで危険なことしてるのよ!!」

 気付けば今度は枕を思いっきり投げつけていて、開いた唇からは反射的に怒鳴り声が漏れてしまっていた。
 枕を顔面で受け止めた彼はさっきと違って流石にバランスを崩し、それから何を言うのかと思えば。

「……寝に来たんじゃねーのか」
「寝に来たわよ! 寝に来たけどリーがそんなに馬鹿だなんて思ってなかったの! もう!」

 なんでその点を改めて確認するのか意味が分からず、まともに請け負ってもらえてない悔しさから布団を頭から被った。そのまま腹立たしさが収まらないから暫く固まっていたけれど、このまま不貞腐れて一人で寝てしまえば来た意味がないってもので、壁際に寄って空いたスペースを叩いて彼を呼ぶ。
 すると軽い返事が返って来てこちらへと近づいてくる気配。加えがしゃりと目立つ金属音が聞こえて、気になってちらりと顔を出した。

「……痛くないの?」
「取れたほど痛くねーよ」
「そりゃそうでしょうけど」

 喋りながら彼はそれを――義足を外す。先の無い脚が痛々しくてこっちは胸が痛むっていうのに、彼は大事であろうその義足を雑に立て掛けてからなんでもないように私の横に寝転んだ。
 屋敷みたいに広くはないベッドの上。そこまでするつもりはなかったけど自然距離が近くなったのをいいことに、私はお兄さまにしてたみたいにぎゅうと彼に抱きついた。服も布団も煙草臭いけれど、それでも確かに感じる人の温もり。思い知らされるのは、彼も私と同じように生きているのだということ。

「……今後無理したら怒るからね、私の目の黒い内は許さないんだから」

 だからこそ余計に胸が締め付けられるのだ。自分の脚を失ったことをなんとでもないように話すその姿に、この程度どうとでもないと言わんばかりのその表情に。

「……無理って、例えば」

 唇尖らせ膨れていれば、耳元、囁くように彼は尋ねて返した。
 普段よりも幾らか低い声にくすぐったさを感じながらも、思い浮かんだそれらをぽつぽつ口に出す。

「自分の身を顧みずに特攻だとか、痛いの我慢して戦地に立ったりとか、そういう」
「それじゃ引退しなきゃならねえなあ」

 そしたら彼はおかしそうに笑って、とんと私の背中を叩いた。
 笑い事じゃないのに。こっちは真剣だっていうのに。
 感じるのは彼の中での"彼"の希薄さだ。
 怪我なんてしてほしくないし、痛いことだってしてほしくないのに、彼にとってそれらは些末なことのようで。

 その理由は、私には分からない。でもきっと私の抱える事情よりも深いものであることは確かなのだろう。
 考えがそこに至れば上手く言葉を返すことも出来なくなって、泣きたくなりながら必死でその一言を呟いた。

「ばか」
 
"良い夢を、メリス"

 思い出したのは寝る前に、お兄さまがいつもしてくれたこと。
 私にいつも"大切"を伝えてくれたその行為。

 だから彼にも伝わればいいと思った。
 そうすることで彼がこれ以上深くて暗い、手の届かない危ないところへ行かないで、此処に踏み止まってくれればいいと思った。

 額に寄せたのは唇。

「……おやすみ、リー」

 どうか届きますようにと、願いながら瞼を落とす。
 抱きついたまま、確かに脈打つ彼の鼓動を感じて。

「おやすみ。メリス」

 微睡みの中に落ちていきながら耳に届いた穏やかな声に、安堵よりも切なさを覚えた。