八日目

 ウォーハイドラで戦場を駆け回る日々でもたまにぐらいは休日がある。
 そしてこの日、少女は大事な休日をあることに費やすため、ばしこーんと相棒の部屋の扉を勢いよく開けた。

「リー! 掃除するわよ!!」
「今度から在宅でも鍵かけとくか……」

 掃除である。

*

「ほらほら掃除しましょそーじ! こんな部屋で過ごしてたら身体にカビとか生えてきちゃうわよ!」
「これで十分生活できんだから……あ、お前そこ、足元」
「足元? ――ひゃっ!?」

 煙草のせいで煙たい部屋の換気の為に移動して窓を開けたメリスは、声に振り返るもそのまま固い何かに足を引っ掛けてその場にべしんと転ぶ。幸い乱雑に放られていた服のお陰で顔面を硬い床に打ち付けることはなかったが、

「い、いだい……な、何なのよコレ…‥」
「あ、馬鹿、それ洗濯してるやつだから鼻水とかツバとかつけんなよ」
「はあ!? こんな地べたに置いてあるやつが洗濯したやつ!? ちゃんと畳んで引き出しとかに直しなさいよ!」
「え、だってめんどくさいだろ」

 ベッドから降りてこちらまでやってきたリーはしっしとメリスをどかす動作をし、彼女が躓いた原因である一つのケースを手にまたベッドへと舞い戻った。
 気になってケースの中身はなんだと尋ねてみればそれは彼のもう一つの義足で外用の高いやつだとかなんとか。
 そういう理由で壊されちゃたまんねえからなと笑う彼に、壊されて困るものを床に置くなと文句を呟く。全くこの人はもう。

 それにしてもどうやったらこんなに部屋が汚くなるのやら、とまず目につく明らかなゴミを片付け始めた。
 使い終わった電池を捨て、空になったピザの外箱を捨て、洗濯済みかどうかわからない服を持ち上げて、と、そうこうしている内に、不意に"ソレ"はメリスの前に顔を出した。 

 ちなみにメリスという少女には16にして性知識が一切備わっていない。
 兄に赤ちゃんってどうやって出来るのと尋ねた時は、将来の旦那さんに教えてもらいなさいと返されている始末だ。

 だから勿論、今顔を出した雑誌を見たこともなければ、ぱらぱらと捲ってみた中身の意味も全く分からなかった。

「どした?」

 飛び込んできたのは当初この戦場に足を踏み入れたときと同様、彼女には馴染みのない全く知らない世界である。但しこちらは肌色多め。

「……リーは、裸の男の人と女の人がこう、絡み合ってるのを見るのが好きなの……?」
「え、なにお前、そういうの嫌いなの」
「え、好きな人の方が多いの!?」

 衝撃的新事実。今目にした内容はメリスにはそんな感情を呼び起こさなかったのだが、どうやら世の中の他の人々は違うらしい。
 彼によれば男性なら誰でもこういうのが好きらしく、それは自分の兄も例外ではないと。

「……知らなかったわ、そっか、裸がいいんだ……」

 戸惑いしか感じない新たな知識。
 何とか受け止めようとするメリスの傍ら、リーはというと意識がこっちに向いてなくて丁度いいと煙草を吹かそうとしていた、が。

「ってあー! もうまた吸おうとしてるー!」
「――ぶっ」

 目ざとく見つかり顔面にぶち当てられるエロ本。
 火がついたまま落ちた煙草は布団に焦げを作り、それを拾い上げたメリスも焦げに気付いてあちゃー、と。

「……焦げちゃった」
「掃除しに来たんじゃねえのかよ……」
「だってリーすぐにぷかぷか煙草吹かそうとするから! その、その……」

 赤くなった顔とじと目を向ける彼の視線を受け流せずにしどろもどろ。
 とりあえずと煙草もライターも回収して、出た結論は。

「……ど、どうにかするわよ、うん」
「ふーん。んじゃがんばれ」

 その結論を聞き届けたリーはさっと布団を被って再度寝る体勢へと入ろうとする。

「ってなんで寝る気満々なのよリーの馬鹿!?」
「休日は休むもんだろ……寝る以外の何するっつーんだよ……」
「することはいっぱいあるじゃないの! 部屋の掃除とか部屋の掃除とか部屋の掃除とか! こんな汚い部屋に寝に来たくないわよ!」
「それはお前がすればいいだろ、そのために来たんだから。俺は寝る。寝るったら寝る……寝かせろ……」
「あーもー!」
 
 どうやらこれ以上文句を言っても無駄なようだ。大きな溜息を吐いて布団から手を離し、もうそっちがその気なら、とビニール袋を片手に一人意気込む。

「……もういいわよ、勝手にぴっかぴかにして驚かせてやるんだから」

 彼の性格も生活も呆れたものだけれども、それでもこの地で一番傍に居て安心出来る人物が彼というのもまた事実。
 快適に一緒に寝るために必要不可欠なこの部屋の改善。その為なら頑張るしか無い。
 だから先の見えない終わりに不安を抱えつつも、空のまま放置されているペットボトルを手に取った。