「おかえりなさい、マルクおじさま」
「……ただいま」
リビングのソファに仰向けで寝転がって本を読んでいたサーシャを見降ろして、マルクは困ったような笑みを見せた。
ふふ、と楽しそうにサーシャが笑う。
「どうかしたかしら?」
「いや、ちょっとびっくりしたかな」
カバンを下ろし、上着を脱ぎながら答える。
「勝手知ったる、って顔だね」
「勿論ですわ。おじさまのことなら隅々まで知り尽くす心意気だもの」
「それは恥ずかしいな」
リビングに隣接したキッチンにマルクが向かう。カップや茶葉、ポットを取り出し、サーシャを振り向き――目の前に立つサーシャに、やや驚いたように瞠目する。
「サーシャさん?」
「ふふ」
サーシャは後ろに回した手を組み、上目づかいにマークを見上げて首を傾けた。
とびきりの笑顔を見せて、誘うように問いかける。
「ね、今日の私、どうかしら? どう思う?」
「……どう――と、言われてもねぇ」
今日のサーシャは爽やかなボーダーのチューブトップに思い切ったミニで、その豊満な身体を惜しげもなく晒していた。全体的に爽やかなマリンカラーで統一されたその格好で、サーシャはマルクに迫る。
マルクは答えを濁しつつサーシャから視線を外し、お茶の用意を始めた。
「お茶なんてどうでもいいの」
掌を重ねるようにしてその手を止めて、サーシャが言う。
「ねえ――どう思うの?」
サーシャはマルクの目をまっすぐに見上げて、蕾のような唇を震わせた。
マルクはそんなサーシャを見て、暫し逡巡したのち――不意に破顔し、サーシャの頭を掌で優しく撫でた。
頭を撫でられ、驚きに固まるサーシャに、すれ違いざまにマルクは言った。
「凄く似合ってるよ。かわいい」
サーシャは撫でられた頭に手をやりマルクを振り向くと、顔を赤くしながら高く外れた声を上げた。
「お、おじさま――かわいい、って!」
「ん? かわいいよ」
恥ずかしげもなく繰り返してサーシャの目を見返すマルクに対し、サーシャの顔がさらに赤くなる。俯き加減になりながら、消え入りそうな声で抗弁する。
「だ、だって……かわいいって……もうとっくに二十を超えてるのよ。それなのに」
「まだ二十を超えたばかりじゃないか」
そう言ってサーシャに近付くと、マルクは両脇に手を差し入れる形でサーシャを軽々抱え上げた。見上げる形になりながら、駄目押しの一言を贈る。
「私にとっては、まだまだかわいい子供だよ」
「―――っ」
サーシャの顔がさらに紅潮し、沸騰したお湯から出されたばかりの茹でダコのような赤さになった。
自分を抱え上げる腕を振り払うと床に着地し、転がるようにして部屋を出る。
最後にマルクを振り向き、一言を残して。
「おじさまのばかっ! いつまでも子供じゃないんだからっ」
甲高い声に被さるようにして、扉を閉められる音が響く。
その荒々しさに思わず首を竦めたマルクは、中途半端に用意されたお茶に目を向け、嘆息して肩を竦めた。
「……どうしたものかな、これ」
期せずしてサーシャと同じような体勢でソファに寝転がっていた紬の通信端末が高らかに音を立てた。軽く手を伸ばして通信端末を手に取り、耳に当てないままに通話ボタンを押す。
「つむぎーっ!!」
案の定聞こえてきたのは大音量で、もし耳に当てていたら鼓膜の危機だっただろう。紬は自分の判断の正しさを再確認しながら、今度こそ通信端末を耳に当てた。できる限り穏やかな声で応答する。
「サーシャ、どうしたの? とりあえず声は抑えて」
「うぅ〜……だって、あの人ったらぁ……」
「うん聞く。聞くから。それなりに適度な音量じゃないと聞いてるのも辛くなるんだ」
「……はぁい」
拗ねたように答えるサーシャの声はやはりかわいらしくて、自分が男だったら放っておかないのにと思えるくらいには愛おしく感じられた。
自分がマルクだったら放っておかないかと言われると、そこには相当自信がないけれど。
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