1.聞こえた

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 ついに、と言うべきか、やっと、と評すべきか、とうとう、と表現すべきか。

「……戻って来ちまったな」

 精霊協会本部を有するハイデルベルク。
 大都市と称されるに相応しい、この地には十二分な活気が溢れていた。

 行き交う人の群には精霊武具を背負った冒険者が多く認められ、そうでない者でも行商人か何かか。
 街道の両脇には露天商が立ち並び、通り過ぎる人々に対して盛んに呼び込みをしている。
 どちらにせよ誰にせよ、既に見慣れてしまった景色とは違う。
 大部分の目には、未来を信ずる希望が輝いているように思えた。

 中にはそうでない者も勿論いるけれど。
 少なくとも、自分が長い間目に焼き付けてきた、あの風景よりは。

 ――ここでは仕事がやり辛そうだ。
 もうそのような心配をする必要はないつもりで来てはいるが長年身に染み付いた性とでも呼べばいいのか、頭の片隅でそんなことを考えてしまう。
 なんとなく、”買ってくれる”人はそうそういないように思える。元々の土壌が育っていないのだ。
 ここで商売をするにはそれなりの根気が必要だろうし、その割には得られる見返りは少ないだろう。

 などと値踏みをして眺めるこの景色だって嘗ては見慣れたものであるはずだった。
 時を経て、視点が高くなって、まるで違う景色のように思えるけれど。
 確かに嘗て駆け回った、あの石畳と同じ形をして。同じ街並みが並び立って、同じ建物が聳えて。
 それでもこうも異質に見えるのは、あの日々とは違って――


 ――おかえり


 耳を打たれて凍り付く。

「お、兄ちゃん! どうかしたかね、この石が気になるかい? それはお目が高い! これは――」

 唐突に立ち止まったためか勘違いした露天商人が得たとばかりに声を張り上げる。
 それを軽く掌で制して、振り返った先には、
 ただ足を止めず過ぎ往く、人々の姿があるだけだ。

 誰も自分のことなど気にかけず。
 誰一人として振り向きもせず。
 ただ足取りをそのままに流れ行く。

「……兄ちゃん? どうしたんだい、顔色が」
「ん。……悪い、なんでもねぇや。おっちゃんもお疲れー」

 そうして躱して足を進める。自らの存在を意識的に流れる人混みの中へと埋没させる。
 ただ何事もない群衆の顔をして、その中に一時の安息を得た。

「……気のせい、だよな」

 零した言葉は誰にも届かず。
 届いたとてその答えは、
 自分の望む答えを齎すものは、恐らくこの世界のどこにも存在しないのだ。


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