Chere Cindy,
お久しぶりです。
あなたに手紙を書くのはこれが初めてになりますね。
こんな風に手紙を出したところでどうしようもないのですが、どうしてもあなたに伝えたい、と思うことが積み重なってしまって。
このことを知ったらあなたは驚くだろうか、それとも笑うだろうか、と言う風に思うことが多くあります。
だから、あなたはこの手紙は読まなくていいのだと思います。
この手紙はきっと、私が自身の心の整理を付けるために書かれたものであるという部分が大きいものだと思うから。
であればわざわざ投函する必要もないだろうもと思われるかもしれませんが、何か一つでもあなたに届けられたらと、そう願ってしまうことを許してください。
こういう押し付けがましいところがあなたは苦手だったのかもしれないな、とは、今は思います。
精霊協会の冒険者になりました。
あなたを追って、とは言いません。
あなたに憧れて、とも言いません。
……あなたがいなければ、冒険者にはならなかった、とは、多分言うことができます。
あなたの語るその先にあるものには、確かに憧れていました。
そんな具合なので、今はハイデルベルクで暮らしています。
一応、一人暮らしです。誰かの家に転がり込むようなことはしていません。
男娼の仕事もこちらに来てからはやめました。
この街でそういうことはあまりしたくないと思ったので。
あなたがあまりいい顔をしていなかったのも――当時はもっと、違う理由であることを願っていましたが――単純に、それだけのことだったのかなと思っています。
私自身としてはあの仕事を特別忌避するつもりは毛頭ありませんが、それでも、感覚として。
仕事の時はひとと組んで、二人で依頼を受けています。
すこし、変わったひとです。
最初は私より少し年上なのかと思いましたが、少し以上に年上であるように聞いています。
もしかしたらあなたよりも年上なのかもしれません。追求しすぎるのも野暮なので、あまり詳しくは聞いていませんが。
そもそもがあまり自分について話したがらない人であるようにも思います。
仕事が終わると直ぐに別れてしまうので、実際あまり、話もできていません。
依頼の間に宿で同じ部屋を取ることがあっても、彼は直ぐに寝入るか、霊玉の精製に集中してしまうので。
一度邪魔をしてしまってとても怒られました。静かに怒るので少し怖いです。
……改めて、少し嫌われているのかもしれないと思えてきました。
少しで済んでいればいいなと思います。
嫌なことをされたりなどは全くありませんし、むしろ親切にしていただいているくらいなのですが。
戦闘に於いては私は治癒の術が使えませんし、精霊武具にとって必需である霊玉を扱う心得もないので、彼には助けられています。
精霊術にも色々と種類があるのですね。
あなたが得意とする精霊術がどういう類のものであったか、ついぞ知り得ぬままでした。
なんとなく今は、精霊力を集中させて物理的衝撃を高める類の術が得意だったのではないかと勝手に類推しています。
それがあなたの気風に合っていそうだなと思ったのと、あなたの持っていた武器もまた、その術と相性のいい業物であったような気がするので。
全ては邪推に過ぎませんが。合っていたら褒めてほしいなあ、と思ったりします。
外れていたら笑ってください。
そんな風に精霊協会の一員として過ごして、色々なことを見て回っていると、改めて、あなたについては何も知らなかったのだと再確認させられます。
あの時は長い時を共に過ごして、私の世界の全てをあなたが占めているような錯覚すら抱いていたくらいなのに。
……少しばかり過剰に言い過ぎたかもしれません。
それでも、あなたと私を繋ぐものがヤワな交わりではないと、そう信じていたかった。
それが幸せだった頃なのでしょう。
共に在るとそれだけの事実を、何よりも尊ぶことができた頃なのでしょう。
あなたのことを愛しています。
きっと私とあなたの交わりを決定的に断ってしまったのはこの一言だったのだと思います。
逃げ場をなくしたあなたは、私を選んではくれなかった。
……いえ、元より選択肢など存在しなかったのかもしれません。
それに気付けなかった私が愚かで、だから今、こうしてあなたが遠く在ることは、仕方のないことなのでしょう。
それでもあの日、あの時の。
あなたと通じ合えた錯覚に溺れたひとときが、私にとって一番の至福であったことを、未だ疑えそうにありません。
……少しばかり、長くなりました。
もっと伝えたいことが沢山あったはずなのに、実際に文にしたためてみるとうまくいかないものですね。
一番の本題が、一番最後になってしまいました。
あなたとの約束を破りました。
あなたの大切なものは、今、私が持っています。
こう言ったらあなたは会いに来てくれるのではないかと思っています。
もしあなたが会いに来てくれたなら、きっと私は、喜んであなたの怒りを受け止めましょう。
それが叶わず、私があなたに会いに行くようなことになったなら。
その時はきっと笑いながら、それを受け入れることになるのでしょう。
Gros bisous,
Roger
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