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8.おはなし


 個人的には、自分に非は、そこまではないと思いたい。
 かといって旦那が悪いというわけでもなく、なんというかその、巡り合わせというか、タイミングが悪かっただけというか。

 だって仕方ないだろう。
 何も言われなかったら夕食に呼ばれている間に旦那が霊玉の精製をしているだなんて考えないし、戻ってきたオレがちょっと扉を開けただけで集中が途切れて駄目になってしまうものだとも思わない。
 だから本当にこれは不幸な事故に過ぎないんだって、そう思ってはいるけど。
 その流れで精製を手伝えと言われたのは、意外なような、贖罪の機会を貰えたようで嬉しいような。
 やり方が分からないと言ったらさらに呆れられたりもしたのだが。

「……ねえ、旦那」

 精製に使う魔法陣を描く為の紙とペンを渡されながら彼の様子を窺う。
 元々表情豊かな方ではないが、不機嫌や不快を表明する時のそれだけは特段分かりやすい気がする。
 少なくとも、彼の笑う姿や楽しそうな姿は、自分はろくに見たことがない。
 ……純粋に自分が彼を怒らせてばかりなだけかもしれないが。それが正しいのかもしれない。

「なんだ」
「……お、怒ってる?」

 様子を窺った先の彼は、真っ直ぐにこちらを睨んでいる。

「怒ったところで仕方がない。集中する前に鍵をかけなかった私が悪い」

 少なくとも苛立っているのは間違いないようで、思わず肩を落として抗弁する。
 自分が彼の邪魔になるようならば、鍵でもなんでもかけてくれても構わないのだけれど。

「やる時は言ってくれれば帰ってこないよ」
「終わったら呼びに行けと?」

 にべもないとはこのことか。
 しかし実際、食事も摂らずに部屋に篭っている彼に、外にいる自分を呼びに来いというのは少々酷である。
 今のは自分が悪かった。ということにする。

「………まあ、適当に時間を見計らって、かな」

 どれくらいかかるのかが分かれば、どれくらいで戻ってきていいのかもなんとなく分かるし。
 自分にとって、時間を潰すという作業はそう苦にならない。

 いつだって、どんなときだって、手慰みの手段は傍にあった。

「術に関しての疑問はないのだな」

 渡された精製用の魔法陣を紙に描き写しているところだった。
 先程よりは幾らか不機嫌が収まっているように見える。

「こういうの、読むぶんには得意でさ」

 くる、と一度ペンを回した。

「――昔教わってた気がする」
「気がするとは妙なことを。自分のことだろう」
「あんま覚えてなくてさー」

 思い出したがっていない、のではないかとも、思う。
 追いかけたらその分遠ざかる蜃気楼のようでいて、唐突に蘇って心を震わす地震のような。
 脳裏に明滅するフラッシュバックは眩暈がするほどに鮮烈なのに、手を伸ばせばすぐに潮を引き去ってしまう。

 述べられた優しいその手を求めたところで、触れることなど叶わないのにも、少し似て。

 魔法陣を描き終えたところで、机の上に原石が置かれる。
 今は濁って何も見通せないこれがいつも使っている霊玉に変わるのかと思うと不思議だった。

「あとは陣の中央に置いて集中するだけだ。必要な手順は陣に書いてある」

 それだけ言うと彼はさっさと原石を取り上げて精製を始めてしまった。

「見ていないでお前も始めろ。夜通しになっても知らんぞ」
「……ハイ」



「……これで大丈夫かな? 旦那」
「上出来だろう」

 初めての精製は存外時間がかかったようにも、思ったよりも簡単なものだったようにも思えた。
 自分とはあまり縁のない作業だと思っていたから、それにしては上手くやれたと思うけれど。
 自分とはあまり縁のない作業だと思っていたから、実際やってみると、なかなか集中力が必要で疲れるものだと。

 精製した霊玉を拾い上げて掲げる。武器に炎の精霊力を付与するものだ。
 光に透かした中に、温かな煌きを認めて目を眇めた。

「旦那はいつもこれやってるんだ?」
「ああ、精製は私の本分なのだから、当然だろう」
「……本分?」
「精霊術のうち、精製は私の最も得意とするところだ。精霊力を抽出し、純粋に力として扱う」
「……こうやって原石を使えるようにするのも、それと同じ?」

 なんとなく実感が沸かない。
 自分に比べて精霊力を循環させたり集めたりするのが得意だという風に思っていたけれど、それとこうして霊玉を精製する技術がそれと同じなのだろうか。

「そうだ。原石の中にある最も強い力を引き出すために、それを阻害している弱い力を取り除く」

 ……正直、旦那の伝えたいことのどれくらいを今の自分が理解できているかについては自信はない。
 ただ、こうして自分の専門分野について話す旦那は普段よりも饒舌で、話したいことを話してくれている感じがして、好きだなと思った。
 自分ばかりが話し掛けて暖簾に腕押しに空回るより、こうして彼の話を聞いている方が楽しい。

「あるいは取り除こうとしている力をうまく親和させることができれば、より強い力を持った、品質のよい霊玉に仕上がる」
「あ、旦那がいつも使ってるやつ」

 治癒の術を使う助けになるのだと、珍しく彼が自分で使うと言ってきた霊玉だった。
 自分としては一方的に精製を任せている状況なので、わざわざそんな風に言わなくても彼が好きなように使えばいいと思っているのだが、何だかんだで自分向きだと言われて霊玉を貰ってしまっている状態である。ありがたいけれど申し訳ないような。
 しかし実際、素人の自分が精製するよりは、専門家の彼に任せていた方がいいのも間違いないわけであり。

「今のところうまく行ったのはこれだけだがな」
「へえ。旦那でそれってことは、やっぱ難しいんだ」
「霊玉を仕上げるだけならお前にもできる簡単な作業で、それ以上はコツがいるということだ」

 それは先程ひしひしと実感させられた。
 少なくとも、彼が持っているそれが質のいい霊玉であることにも気付けない自分では話にならないだろう。

「秩序杯で組んだクテラなどは、私以上に精製に注力しているようだから、もっとうまくやるのだろうな」

 そこでその名前が出てくるのが少し意外だった。
 確かにあの子は、旦那の使うのとよく似た精霊力の使い手だったように思ったけど。

「ああ、あの子。綺麗な歌だと思ったけど、それだけじゃないんだ」
「お前は彼を何だと…」
「いい子だと思ってるけど、なんか大変そうだよね――って」

 かれ、と言ったか。
 引っかかって首を傾げたところ、旦那にも首を傾げられる。

「あの子、女の子じゃ――?」
「……?」

 なんか食い違ってる感じがしたけど、ここを突き詰めてもどうにもならないとも思った。
 何だかんだで与太話を嫌う彼のことだしとさっさと話題を切り替える。

「たまたま同系統の使い手と秩序杯で一緒になるってのも珍しいのかな」

 自分としては、知り合いと一緒になったというだけで十二分に驚かされたものだったけれど。
 知り合いと言っても、たまたま話をしたことがあったというだけの仲だったが。
 そのまま二度と会うこともないと思っていた。彼共々。

「霊玉の需要が高いからな。多少の心得がある者は多い。専門とまでなると、流石に珍しいが」
「需要が高いのに専門のひとは少ないの?」
「戦闘において不利が大きい。まずソロはできなくなる」
「あ、だからあの子あんなん連れてんのか」
「あれを見た後では、お前が大人しくて助かったと思うよ」

 そう、彼。
 初っ端に半端野郎だのなんだの言われかけたから喧嘩を売られたものだと思い込んでいたけれど、そちらに矛先を向けてみれば直ぐに態度を和らげた――妙な男だった。
 なんだかんだで秩序杯では息を合わせることが出来たし、言動や振る舞いから同行者を気遣う様子を感じ取れたので、見た目通りの乱暴者という訳でもなさそうだったけれど。
 ……とはいえ流石に旦那とあの男を横に並べて上手いこといくビジョンは浮かばなかった。

「そろそろ休んでおけ」

 精製の作業に使ったものや霊玉をしまいながら彼に言われる。
 言われてみればもう遅い。精製そのものに集中力を使ったせいもあってか、妙に疲れが肩に沈んだ。
 背伸びをしてから彼を見下ろす。

「旦那、今日はありがと」
「そうか」

 やや不思議そうに瞬く彼に笑顔を返して、

「ん。色々話せて楽しかったよ」

 それだけ言って、自分の寝台へと身体を向けた。


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