つかれた
息が続かないというのはつらい
溺れたのは久しぶりで怖かった
箱を拾った
手紙を拾った
しりとりを拾った
ダメな時は頑張ってもダメらしい
今がその時なのだろうか
でもそんなにひどくどうしようもないという感じではないけれど
でも何にせよつかれたはつかれた
誰かと眠りたい
肌に触れたい
欲しい
☆ ★ ☆
役目を果たすことを言い聞かされてきた。
生まれ持った能力。ニールネイルの郷で生まれる混血の子どもたちは個体差が大きく、生まれののち、一族の長でもある神官にその後の生きる道を役割として定められる。
ある者は戦士に。ある者は職人に。ある者は研究者に。ある者は乳母に。ある者は行商に。ある者は漁師に。
それは適性に合わせた託宣だった。逆らう者もいた。そういう者は大体郷を出てもう戻ることはない。
混血の郷を出て、世界にただ一人の生き物として生きる。それも一つの道であると彼らは認識していた。残った者たちはそうしなかっただけだ。
それもまた、一つの道。彼の彼女の人生。
Yに生まれたクロニカには選択肢すら与えられなかったが。
そのことを不幸とは思わなかったのは、彼なりに慈しみを与えられて育ったからだろう。
今はもうその役目を果たせなくなったものの、
こうして雇われて、テリメインを訪れた。
「俺はクビというやつか?」
――ので、クロニカにとってそれは、或いは当然の帰結であった。
フヴェズルング級巡洋艦四番艦ミドガルズオルム。
「テリメインでの活動報告」を対価に、船室の解放と食事の提供を行う艦艇。
未開海域の探索にあえなく失敗し、収入を得られなかった彼らは本日、この無償の宿の世話になっていた。
ディドは、随分と胡散臭そうな顔をしてベッドに腰掛けたクロニカを見下ろしていた。
クロニカの言葉の意味が分からなかったのだろうか。クビ、というのは、どこかのスラングだったか。ディドの生まれ育った地域では通じない言葉だったろうか。
「役目を十分に果たせなかった」
それはクロニカにしてみれば致命的だった。
「遺跡探索の、……露払い、と、探索を手伝うために、雇われている、はずだろう」
その日探索に失敗したのは、二人の行く手を阻んだ原生生物をクロニカが追い払えなかったからだ。
ディドがその攻撃を凌いで、クロニカが魔力で力任せに叩いて散らす。彼らの戦いはそのスタイルで安定し始めていた。
今回それが崩れたのは、敵を叩き切れなかったクロニカに責任がある。クロニカはそう考えていた。
――元はと言えば。
クロニカにはろくな戦闘経験がない。生まれつき、魔力といった類のものは豊富に持ち合わせている。そのことは事実として知らされていて、一人で生きていく間、魔力を売り払って生きる糧を得たこともあって、スキルストーンとは相性がよかった。それだけだ。
それだけのことなのに、なまじ最初がうまく行き過ぎたものだから、勘違いしてしまった。
そしてクロニカには、その思い上がりの自覚がない。
「そのために金と、ディドがあんなに嫌がる、血を貰っている」
「……自分がそれほど期待されていたと思っているのか?」
だからディドの言葉に、思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「……違う? 戦い、えーと、焼く方。吹っ飛ばす。そっちが仕事。十分にできなかった」
期待。というよりは、ディドがあまりにも血の提供を渋るものだから。それには相応の責任が付き纏うものだと思い込んでいた、と言うべきか。
そして、
「仕事ができないのならば、そうなると思った」
実際、過去にそうなった。
果たすべき務めが叶わなければ、居場所のないことを肌で知っていた。
舌打ち。耳を打つ。
当たり前のことだが、この雇用主、今日はいつも以上に不機嫌だ。
当たり前で、仕方のないことだ。
何もかも。
「お前に払った金以上の期待はしていない。こんなものだろう」
「ディド?」
「そんなことを言っている暇があったら、次のことを考えろ」
「次」
つぎ、と、言葉が音にして漏れる。
そういえば、そんなものもあったか。
「次だ。働け」
ディドと言えば相変わらず高圧的で、愛想がなく、
いつも通りで、いつも以上だった。
「……分かった。働く」
血もまた欲しい。割と切実なクロニカの願いであるが、話はそれだけか、とディドは切って捨てた。
既にクロニカの方を見もしない。壁をばかり見ている。
「? ん。それだけ。他に何かしたほうがいいか?」
「……ない。また同じ場所へ行く。次はしくじるな」
「うん。次は、多分大丈夫」
今回間に合わなかったスキルストーンの用意がある。それなりに高価だった代物だ。評判もいいから、多分、相当悪くしなければ、なんとかなる。
「なら、さっさと戻れ」
「はーい」
ひょいとディドのベッドから立ち上がる。素直に部屋を出ようとして、そうだ、と先程聞き流された言葉を念押しする。
「次。ちゃんと出来たら血が欲しい。がんばる」
返事はなかった。代わりに視線だけがクロニカを向いて、それはすぐに壁に戻ったが、それで十分だった。
自室へと戻る道筋を辿りながら、
「……次」
どうしてその発想がなかったのかクロニカは首を捻っていた。
考えてもみればクロニカはディドからはそれなりに重宝されているはずだ。
血はさておいて格安で雇える人員で、というか、そもそもそうでもなければとっくに縁が切れている。あれだけ怒らせて不機嫌にさせているのだし。
(次)
それが何故一回の失敗でこうもあっさり、
(――次は大丈夫)
次などないと思ってしまったのか、
(大丈夫、次こそは)
(諦めることはない)
(次なら)
「――ああ」
――そうだ。
思い出した。理解した。そうだ、あの日々に、
(次こそ)
次を、
(次こそ、ちゃんと、生きた子供を――)
次を求められることにこそ、飽いていたからだ。