不思議なカード
ビンに詰まった魚 調べたらあんこう? に似ているらしい これどうやって入ったんだ 可哀想だからビンごと海に返してやった
海流調査の紙
紫色のかわいい花
今度の探索はうまくいったので血をもらえた
やったー がんばった ちょっとは元気が出た
この調子でがんばろう
☆ ★ ☆
「それ、なんの本だ?」
突然声を掛けられるとは思わなかったのだろうか。青年は言葉を失った様子でクロニカを見返して、何度も目を瞬いた。
仮宿を移したと言ってかもめ亭に来ることを辞めたわけではなかった。無償の宿は当然便利で有難いし、ずっとそこに世話になるのもクロニカとしては悪くなかったが、ディドからはどこか不服そうな気配を感じられたし、今まで何度も世話になったこの海の家をクロニカは気に入っていた。
料理のメニューも、バリエーションは決して多くないが幸いまだ飽きが来ていない。裏メニューが存在することも最近知った。
それはそれとして、クロニカは今日もフランクフルトと、あとは今日は、かき氷。海の色みたいなブルーハワイ。きれいな色でよく頼む。あとサイケデリックな色ではない、通常のオレンジジュース。
一式を抱えて青年の隣に座ると、身を乗り出して彼が広げていた分厚い本を覗き込んだ。
「……物語じゃあない」
「……そりゃな。こんなとこでわざわざ物語読むヤツ、珍しいんじゃないのか」
「そうか?」
顔のすぐ下からクロニカに見上げられて青年は、そうだ、と答えて軽く背伸びをした。床に手をついて一歩下がる。
その動作をぼんやりと眺めてから、クロニカは机に食べ物を広げた。冷めてしまうフランクフルトと溶けてしまうかき氷のどちらから食べるか、少し悩んでからフランクフルトを手に取る。
「別に、こういうとこで物語を読んでいても、悪くないと思うけど」
「悪くはないだろうけど、嵩張るだろ。荷物として持ち込むヤツがそもそも少ない」
「……ここに住んでる人たちから借りたとか」
「まーそれなら有り得なくはないな」
「ほら」
「でも多くはないだろ」
「んー」
それもそうか。まくまくとフランクフルトを頬張りながら順当に納得する。
この家のメニューで一番肉っぽさが強いので、クロニカはフランクフルトが好きだった。ディドは肉が嫌いというか、食べられないというか、食べたくないらしいので、勧めても断られるのだが。血を作るのに肉を食べるのはよいと聞くので、できれば食べてほしいと思う。渋るくらいなら。
「あんたも探索者だろ? ……あれか、金目的?」
「ん。金目的は、えーと、ディドが」
「ディド?」
「雇い主」
「……雇い主?」
「ん。……うん」
頷いて口の端についたケチャップを拭う。
青年はぽかんとした顔をしていた。
「……探索者って、それだけで結構稼げないか? わざわざ雇い主とか要るのか?」
「……そうなのか?」
「だから探索者がこんなに来てるんだろ……」
「んー。そうなのか」
相槌を打ちながらふとかき氷を見ると、随分と汗をかいてしまっていた。手元のフランクフルトと見比べて、少し考え込んだ後かき氷を手に取る。優先順位優先順位。
「でも、金稼いでも、血はなかなか買える気しないし」
「……血?」
「血」
ブルーハワイの青を眺めながら、イカの血は青かったな、などとぼんやり思い返していた。二度ほど相対した記憶がある。自傷癖のイカ。自信家のイカ。なかなか強烈な相手でよく覚えている。
隣の青年は目を丸くしてクロニカを見下ろしていて、なぜだか驚かれてばかりだと内心首を捻った。自分はそんなにおかしなことを言っているだろうか。
「……えーと、吸血鬼の方?」
「違う。……吸血鬼ハンターとかの方?」
「いや違うけど」
首を振られた。よかった。
吸血鬼を狩る生業の存在は何度か小耳に挟んだことがある。自分は吸血鬼ではないが、今は時折血を啜る身である。誤認で狩られてはたまったものではなかった。
角もあるしなぁ、血を吸ってて鬼っぽかったら吸血鬼扱いされたりするのかなぁ、などと、そう深刻に心配したことはないが。
「じゃあなんで血なんて飲むんだ……。メシ食ってるし」
「? そりゃメシ食べないとお腹すくぞ」
「う、うーんそうか……」
何を当たり前のことを。首を傾げたが青年は腑に落ちない顔をしていた。
どう説明したものかしゃくしゃくとかき氷を口に運びながらクロニカは思案した。おかしな説明をすると逆に突っ込まれることをディドでさんざん学習させられている。この青年から血をもらったところで恐らく意味はないから別に納得させられなくても困りはしないが。
昨日の探索では十全に役割を果たしたと胸を張れる結果だったので、クロニカは宣言通りディドから血の提供を受けていた。
その度不服そうな気配を漂わせるのは、クロニカの説明に納得していないからだ。納得していないが妥協はしている。そういった感触を受ける。
どこかでズレがある。のは、間違いないと思う。かと言ってそれを埋め合わせる手段をクロニカは知らない。全てを打ち明けてしまえば納得されるのだろうか。しかし、クロニカも全ては覚えていないのだ。
断片的な記憶と認識で、結局納得させられないのであれば、言いたいこと、言ってもいいことだけ伝えているのと大差はないのではないだろうか。都合の良い考え方に関しては自覚しているが、なにせ嫌なことはしたくないし、言うなと言われたことを言いたくない。それだけの話だった。
「血は、必要だから貰ってる。雇ってくれて、何をすればいいか教えてくれて、血と金をくれる人がいるから、助かってる。雇われてる。……そんな感じ」
「そっか。まあ別にいいけ……うわっ」
「ん?」
また驚かれた。
青年を見返すと、それ、と引き気味の顔で指をさされ。
「……口。ていうか舌? すごい色になってんぞ」
「?」
言われたところで自分の口が自分で見られるはずもない。
べと舌を出したところでそれは同じで、クロニカは暫しの思案ののち、まあいいやと諦めて再びかき氷を口に含んだ。
「かき氷は仕方ない。色が付く」
「へえ……」
「一気に食べると頭がキーンとなるから、それは仕方なくないから、気をつけたほうが多分いい」
「そうかい」