-DAY11-


薄ピンクのきれいなかけら さんご?
旅館のちらし 料金いらないってあった それ経営できてるのか
あとなんか わかんないけど 格闘術? のちらし 俺には関係ない話だから海に戻した

かにもいた ちっちゃいかに 動かない
かわいそうだから海に放したけど動かない
波にさらわれて消えていった



海に来てからけっこうたつ
ディドはよく怒る というよりいつも怒ってる
怒ってるからあんまり余裕がないんだと思う

金がほしいっていうけど金で何がほしいかもよくわからないし
むしろクラックの方がいっそわかりやすい 安息
どうやって手に入れるかは俺には分からないけど
でも金よりはほしいっていうのがわかる



俺がほしいものはなんだろう



☆ ★ ☆



 波を受けて電灯がゆらゆらと揺れている。
 夜の部屋の壁に浮かび上がる大きな影が合わせて蠢くのを眺めて、海坊主みたいだ、とクロニカは思った。
 海に潜む大きな怪物。船を沈めるという。出会うこともあるだろうか。

 この前の探索には失敗してしまったが、あれ以来二日間は順調だ。調子に乗るな、とはディドに言われたし、慢心するつもりはないが、それでも今のところは順調。
 明日はもっと険しいところに行く予定だ。今までの手応えを考えると、多分、大丈夫だと思う。大丈夫であるために頑張る。大丈夫にする。それがクロニカの仕事でもある。

(流石に、限界はあるけど)

 日記帳に視線を落とす。
 俺がほしいものはなんだろう。そこでクロニカの手は止まっていた。
 筆が止まったらそこで終わりのルールだから今日はこれで終わり。クロニカは、読むことには慣れているが書くことはしてこなかった。これから始めてもいいのかもしれないが、もっと気が乗ったときでいい。
 この海では自分は恐らく自由なのだから。

 そう片付けてペンを置くと、適当に日記帳をめくった。
 毎日書くように言われたから書いている。それだけのものだった。
 たまにしか見返さなくなったから、今のクロニカには、意味がわからなくなっているところも多い。



郷を出■。
■■■■■■と言われた■■■■事なことを書いていく。
これ■■■■ィアに言われて■■■■■だ。
他■■も目的もないから、今の■■■■従うことに決■■■る。



 一頁目からしてこれだ。滲んだインクで半分も読み取れない。
 当時の自分は随分と不親切だと思う。大事なことを書いていく、などとのたまいながら、その実文量が酷く少ない。
 億劫だったから、だろうか。今よりもずっと切羽詰った日々だった。
 それに、あの日は確か、雨だった。朧気な記憶を辿って、クロニカは思い返す。
 そうだ、だからインクが滲んでいる。まともに読めやしない。

 解読を諦めて、また幾らか日記帳をめくる。
 一度濡れて乾いた紙が、ぺり、と堅い音を立ててたわんだ。



随分と遠くに来た。空気が乾いている。見たこともない木々がたくさんある。人もいる。

彼女は繰り返し俺に言い聞かせる。
一人になってしまったら血で生きること。精をそのまま探すことだけはしないこと。
どんなにまずくても血で生きること。その理由に関しては明かさぬこと。
髪飾りを手放さないこと。また会うために、なくさないこと。
とにかくそれを毎日毎日、何十回も、忘れぬように、ミーティア自身も忘れぬように。
何度も言い聞かされる。

忘れてしまうから、らしい。
その理由を確かめるのはお互いのためにならない気がするからしない。
忘れられるのも、苦しい思いをするのも、自分じゃない。



 ミーティア。一頁目で掠れていた名前が、多分これだろう。
 そういえばと思い返す。何度ディドに問い詰められても血を求める本当の理由――というより、血でなければならない理由――を語らなかったのは、彼女に何度も言い含められていたことが自分の中に残っていたからか。今更のようにクロニカは合点する。
 相当根気よく言い聞かされたのだろう。彼女の名前よりも濃く残っている。
 日記帳も、もっとちゃんと、定期的に読み返したほうがいいかもしれない。自分は忘れていることが多すぎる。
 忘れてしまうのは仕方ないにしても、反省をしなければ。



追手を追い返すと言ってミーティアはいなくなった。
日記を読み返すことを忘れないように言われた。
すぐ戻ってくるとも言う。髪飾りを絶対に手放さないようにとも言われた。
大丈夫だろうか。
とりあえず、ミーティアに言われたように暮らさなければならない。

血で生きる。血をもらう。
まずくても、嫌でも、血が一番安全。
外は危険だから、自分の事情をあまり言ってはならない。
本当の本当だけは絶対に伏せる。

血で生きる
血で生きろ

これ以上もう、誰かの食い物にされるような隙を見せないこと。



 頁をめくる。



帰ってこない。
ミーティア。名前。多分まだ覚えている。
顔もまだ覚えている 声 多分 ミーティア
とにかくいない人間には頼れないのでどうにか生きていかなければならない

血はまだ要らないと思う
いざという時のために試したときのことをまだ覚えている
あれはまずいし、もらうのもたいへんだ



 頁を、めくる。



身体が重い
飯は食べている 肉も
たぶん、血をもらわなければいけない

金を稼ぐというのもよくわからないのに
血をもらうとはこれいかに




血をくれるひともいるけど多くはない
たくさんは貰えない
くれない人のほうが多い

やはり難しい
もう捕まえてどうこうした方が早いのではとも思うけど
確かそういうのは犯罪だった気がするし
やめろって言われたし

血でなければならない
血でなければならない




助かった
血をくれる人がいた
金もくれるらしい

代わりにやらなければならないこともあるらしいけど
役目があるのは嬉しいことだから
だからありがたい 助かった

名前はディドという
空虚だけど強い欲の気配がある
いつもぴりぴりしている




海に行くらしい





 日記帳を閉じる。
 眠くなってきた。先程からちかちかと光っている髪飾りの光も気にならないくらいに眠い。
 欠伸を噛み殺そうとして、そんな必要はどこにもないことに気付いてやめた。
 ぐっと伸びをして、ベッドに振り返る。

 明日以降。険しい探索を上手に切り抜けることができたら、血を、もっともらえるだろうか。
 血はまずい。ディドの血も、もちろん、まずい。
 でもその欲がいい。強い意思がある。そういうものが欲しい。
 そういうものが肌に馴染む。それをクロニカは知っている。

 忘れていても、知っている。
 自分が本来求めているものを、知っている。