占いとか すぐ消えてしまう手紙とか
拾い物も減ってきた
あまり熱心に探していないからだろう
ディドが言うので宿が変わった
金がかかる宿 ディドはそれがいいらしい
また二人で一つの部屋
血をもらうぶんにはそっちの方が楽
新しい海が見えてきた
☆ ★ ☆
ディドが見つけた宿はなるほど安く狭くといった風情だったが、今更クロニカがそれに文句を付けようはずもなかった。
生きていけること。クロニカが求める最低限は十分に満たされている。眠る場所、飢えない程度の食、不快感のない程度に清められた衣服。それとお互いに不本意ながら血の提供。文句なしだ。
桟橋の上で潮風に吹かれながら空を見上げれば、遠く高く、鳥の泣く声が聞こえる。
クロニカが言葉を交わしたうちの誰もあの鳥と話す術を知らなかった。鳥翼族はこの海では珍しいようだ。或いは、解語の力を有する者も。
――この海では人間であるかそうでないか、というのが大きく取り沙汰されるのだった。
あくまでクロニカの故郷と比べての話ではあるが。
そもそもクロニカの故郷には人間などいなかった。混血の一族。混ざり血の者ども。共通した特徴の方が少ない血族。同族がいないからこその同族意識。その中で生きていれば、たとい”Y”としての、特別の扱いであっても自分の種に関して特別視などしようもない。
だから、里を出て、人間でないことに着目されるのはクロニカにとって新鮮だった。
彼らの目にまず映るのはこの角だった。明らかな異形の印。そして次に長い耳、或いは文様、目の肌の色。
そのどれもがクロニカにとっても、ニールネイルの中でも異端視され得るものではなかったから。言及されるたびああそうなのか、と思う。
それが彼らの中では浮くものなのだと。
(――人間でない生き物も、結構、海では見かけるけど)
だが大多数は確かに人間であることに違いはない。
言葉を交わし、協力者として手を組み、取引ができるような相手の多くが人間であることに間違いはなかった。人間でない者も、その中の多くが『人間の中で生きること』に慣れているように感じられた。
だから、なのか。
『秘する』ように繰り返し、繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し念を押されたのは。
――刻むように繰り返された。
その鬼気迫る色だけは残っている。
どうしても、どうしても忘れてはならないと、
これだけは守るようにと、何度も、何度も、
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し。
(名前を、なんと言ったかな)
日記に記されていたのを、いつしか見て思い出したような気がする。
また読み返したほうがいい。結局書くことが見つからなくて、むしろ面倒になって、ちゃんと書く、というのは三日坊主になりかけてしまっているからせめてそれだけでも。
多分、大切なひとだ。その筈だった。
少なくとも自分を案じてくれるひとであろうことは間違いがなかった。
それを、忘れてしまうのは、少し悲しいけれど、
(――そういうものだ)
そう。
そういうものだった。
クロニカにとっては。かつて自分を取り囲んでいた全てが。
自分から取り上げられ遠ざかっていった全てが。
腕に抱くことのなかった全てが。
数限りなく産み落とされた子供たちの、全てが。