エイニ
昨日会ったニールネイルの狩人
たぶんN
俺は逃亡したということになっている
追いかけてきた
茶色い髪と尖った三角獣の耳
でかいしっぽ
背が高い
当たり前だけど多分強い
結構知ってる
ディドのことを説明した
多分スキルストーンは持ってなかった
次は持ってるかも
あとなんだ
海に逃げた
次からは効かないかもしれない
☆ ★ ☆
大切なことは書き留めなければならない。
忘れてしまうから。忘れてしまう前に。
殊同族に関わるのであれば尚更。
昨日。寝る前に書いた日記を指でなぞって、自分の記憶を再確認する。
エイニ。本人はニールネイルの狩人としか名乗らなかったが、クロニカが察するに恐らくN。クロニカの事情を知っていても残念ながら協力は望めないだろう。血の提供は、結局ディドに頼まなければならない。
そもそも、と思い直す。クロニカを里に連れ戻そうとしている彼が、クロニカの要請に応える道理はなかった。エイニとクロニカの利害は今のところ、どうしたって一致しない。
彼はニールネイルという一族に忠実な狩人。
そしてクロニカは、一族からの逃亡者だ。
(……薄々そんな気はしてたけど)
ニールネイルは混血の一族だ。
あらゆる種と子を成し、多種多様の血を取り込み存続していく。
混ざる血の種類は多ければ多いほどいい。
しかし、異種族との交配ができる存在は、ニールネイルの中でもYと分類される者に限られた。
Yは、そう生まれる。基本的にはひと目で分かる、Yは――雄としてでも、雌としてでも、子を成せる。そういう形で生まれる。本人の自意識とは関係なく、子を作る立場では、両方として扱われ得る。
どうして、いつから――を、クロニカは知ることのできる立場になかったが、そう生まれた以上は、そう扱われた。
その中でもクロニカは特に孕み腹として貴重だった。
Yに生まれ、異種族の子を産み得るもの。ダークエルフの血を多く顕出し、それに耐えるだけの若さを長く維持できるもの。夢魔の要素として異種族の精をよく取り込めるもの。
複数の要素がほぼ自動的に、クロニカの立場をそういうものとして位置づけた。
多くのYは、”産む”よりも、”産ませる”ことの方が多いらしい。その方がある面においては手っ取り早いからだ。
つまり、血を取り込める者として個体数の限られるYが、腹に子を抱えて動けなくなることもなく、相手のいる限り、多くの子を増やすことができる。
効率的だ。まったく効率的だ。
だがそれだけでは済まない面もある。
まず、”産ませる”形で異種族の血を取り込むのならば、その種族の雌を長期間拘束しなければならなくなる。それが合意の上で進められれば話は早いが、そうでは済まない場合もある。
そういった穏やかならぬ展開に、一族の者がどう対処しているのか、クロニカは知らなかった。そういう現場に接することもなかった。
また母胎の――胎盤の側の問題もあった。ニールネイルの、Yの胎はある程度最初から、”そういう風にできている”。つまり、自分とは全く異なる特徴を持つ子供を育めるように。
しかしニールネイルに孕まされた者の肚は必ずしもそうではない。死産の率は、どうしても上がるのだという。
――だから。
クロニカの体質などは、一族にとっては、全く便利なものだったろうと思う。
(……使い物にならなくなっても、惜しいは惜しい、のか。結局)
しかし保険扱いで連れ戻されるというのも堪ったものではない。
結局、クロニカは役目を果たせない。それはクロニカが分かっている。
取り上げられる子が産声をあげないのにはすっかり慣れたが、気持ちのいいものではないし、何より非生産的だ。
長い間肚に抱えておいて結末がそれでは誰も報われない。
分かっていて繰り返す気にはなれない。
それよりは、この海がいい。
どんなに不味い血を啜ったって、やたらに不機嫌な雇い主について回るのでも、この海の方がよかった。