15.待ちわびたもの








 どうシ て







 どうして、どうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
 どうして拒まないの? どうして殺してしまわないの? どうして?
 あなたにはそれができるのに、あなたはそれを望んでいるのに、あなたはそうしたいのに。
 あいつはそれを認めていて、あいつはそれを望んでいて、あいつはそれを受け入れるのに、どうして殺してしまわないの?
 どうして?
 その首を撥ねて、斃れた身体を踏み躙って抉って、掌を返り血に染め上げて、ぜんぶぜんぶあなたには簡単なことで、あまりにも魅力的なことでしょう。
 どうして抗うの、どうして従わないの、どうしてそんなに苦しむの。
 どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの。
 どうして!

 嫌いなくせに。
 分かったような顔で隣に立って、当たり前みたいにその幸せに甘えて喜ぶこともしないで図々しい、あいつはあなたを傷つけたのに! ずたぼろに食らって、あいつはあなたを殺そうとしたのに何一つ反省しないで、それなのに当然みたいに、厚かましくて、ふてぶてしくて!
 恥というものを知るべきだわ。教えてなんてあげないけど! だってその前にあいつは死んでしまうべきだから!
 だってわたしが嫌いなんだもの。だってわたしが憎んでいるんだもの。だってわたしが怨んでいるのだもの。
 あなただってそうでしょう? わたしがそうだから、あなただってそうなのよ。
 ――だから、きらい。きらいきらいきらいきらいきらいきらい、きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい!
 いやなの、あいつがいることが、存在だって、なんでこんなところに来てるの!
 あなただけがいればよかったのに。あなただけがここにいれば邪魔は入らなかったのに、なんで、なんで!
 あなただけがいいのに。あなたと、わたしだけが。

 だから殺してしまいましょう。
 あいつは言ったじゃないあなたに殺されることを認めるって。
 だから早く、早く早く一刻も早く今すぐにでも、すぐ殺してしまいましょう、そうすれば楽になれるから。
 あなたのためなの。全部あなたのためあなたが解放されるために、あなたがもう二度と苦しまずに済むようにそのために!
 一人で背負い込む必要なんてないの、耐える必要なんてないの! 諦めてしまわないで、受け入れてしまわないで、自分を犠牲にするのはやめて!

 あなたの辛そうな顔はもう見たくないの!



 お願い。
 一人でいないで。一人になんてなれないけど一人になんてできないけど一人になんてしないけど、受け入れて受け止めてわたしを認めて。
 ずっと一緒でしょう、ずっとずっとずっと一緒で、わたしがいなければあなたがいなければそれで終わってしまう、だから早く抱きしめて。もう二度と触れられないけど、もう二度と笑いあうことだってできないけど、もう二度と話すこともできないけど、せめて、あなたがわたしを認めて。
 一緒になって、そうすれば、あなたを苛むものなんて全部なくなってしまうのだから。
 わたしもあなたもわたしたちだけでいられるようになるから。それがいちばん幸せなことだから。
 拒まないで離れないで離さないで、ずっとずっと一緒にいて、それがお前の選ぶべき道だ。
 抗いようのない道から目を逸らし、身を削りながら生きることのなんと不毛なことか。
 苦悶の生がお前の望みか。
 あの日に絶たれた筈の命を、生き存えたと呼ぶべきそれを、ひたすらに摩耗していくのがお前の望みか。
 ――騙し騙しやっていったところで限界はとうに視えている。俺でも分かる。お前なら尚更だろう。俺ではなく、お前自身のことなのだから。
 いつまで誤魔化し続けるつもりなんだ。
 いつまで誤魔化し続けられると思っている?

 お前らしくもないことだよ。
 逃げ出すことなどできないと分かっているだろうに。
 末には全てを受け入れるしかないことも知っているだろうに、無意味な強情を張り続けるなど。

 切り捨ててしまえばいい。
 掌から溢れたものを。お前の掌を汚すものを。お前が受容することのできないものを。
 お前の隔てた向こう側に、一体何を残せるというのだ?
 残すべきものが、残せるものが、お前の中にまだあるとでも言うつもりか?



 何もかも断ち諦めたお前が。
 未だに許されることのないお前が。
 全て背負って、苛まれ続けるお前が。

 おまえが。

 その姿は、ああ、余りにも頼りなく哀れだよ。
 人の身を外れたばかりに。
 人との繋がりを失ったばかりに。
 全てを手放したばかりに。



 ――ああ、まだ、憎んでいるのだな。



 甘受しよう。
 お前の全てを。
 知っているよ、だから全て、お前は手放してしまえばいい。
 誰もお前を責めはしない。

 俺はお前の味方だよ。
 俺はお前を愛している。
 だから――ほら、早く。

 お前を苦しめるものなど、殺してしまおう。



 それにしても本当に馬鹿だな。
 苦しいことばっかり受け入れて、もっと楽に生きればいいのに。
 世界から自分を切り離して、全てに無感動に生きてきて、それで抑えることで精一杯で、あんたが楽しいことなんてひとつもなかっただろう?
 自分ばかり縛る生き方の何が楽しいんだい? 全く理解が及ばないよ。
 言っておくがね、あんたが抗うことをやめたとしても、今までのあんたの全てが無駄になるなんてことはないんだ。
 あんたの生きて来た今までは全部残されて、全て私が大切にしてやる。あんたなら分かるだろう? なにせ今だって、こうして全てを感じているんだから。
 なのにどうしてそんな強情なんだ。弱音を吐くこともしないで、誰にも何も話さないで背負い込んで、孤高みたいにすました顔して。
 本当は寂しくて仕方ないくせに。
 本当は全部許して欲しくてたまらないくせに。

 大丈夫だよ。
 私は許すから。
 私のせいにして、あんたのことを責めないから。
 あんたはそれでいいんだ。あんたは被害者だ。あんたは奪われた者だ。
 あんたはそのなかで、あんたの受け入れられないことを拒んで、あんたのしたいようにした。
 そうして救っただろう? 人を。それに何か後悔をしているのかい?

 あいつらがあんたを恨んでいたとしても、それだってあいつらが選んだ道だ。
 それに後悔はないだろうさ。

 それに、全て殺してしまったんだ。
 あんたを恨むことだってできないだろう?
 だってあんたは全員殺した。一人も残らず、一人も逃さず、誰一人殺されないように、全員を殺したんだ。
 そうしなくてもいい道も確かにあった。けれどそれは嫌だったんだろう?
 その上で選んで、あんたは全てを殺し奪ったんだろう?

 なあ、何が嫌なんだ。
 この上でまだ奪うことの、何が。
 殺してしまうことの何が。
 既に十分に、あんたはあんたのために、屍の山を築き上げたじゃないか。

 そこに一人加えることの、何が悪い?
 何が違うんだ? 何も変わらないだろう?
 今までのことを後悔している? それはそれでいいでしょう。
 人は心変わりをする生き物だ。貴方はもう人ではないけれど、人としての心をまだ残している。そのことは認めてあげましょう。
 しかし、他に選択肢があるというのですか?
 見つけるあてでもあるのですか?

 はっきりと言いましょう。
 貴方が全てを拒み、無為に時を過ごせば過ごす程、貴方は悪化していきます。
 先程も申し上げました。自覚は十分あるはずです。
 その上で時間を空費しているとしたらそれは愚行と呼ぶ他ありません。
 苦しむのは貴方だけではないでしょう?

 或いはその為?
 苦しませ、惑わせ、その上で嬲り屠るため?
 そうだとしたら貴方らしくもない。良い趣味であるとは言えるでしょうが、貴方の好むやり方ではない。
 何故ならあの日の貴方もそうだったはずです。

 獣性に目覚めたあの日のあなたは、それでも、なるべく苦しませない方法をとっていた。
 それはせめてもの手向けであり、彼らへの想いだったのでしょう。
 貴方が共に過ごし、或いは愛着を抱いた彼らへの。
 それを今更翻すと? 貴方が? ――とんでもない。
 有り得ません。

 どうして傍に置き続けるのです。
 中途半端に拒んで、中途半端に受け入れて、それは貴方が、誰もが、最も苦しい道なのでは?
 私だって苦しいのです。身体が嫌悪に満ちて、すぐにでも排斥したいと叫んでいる。
 あなたがそれを排斥するから、首を横に振るから、どうしようもなく溜め込まれるばかりの、



 ――この、殺意、が。







 殺してしまおう。
 殺してしまえ。
 殺せばいい。
 殺しましょう。

 早く。
 早く早く早く早く早く。
 早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く。














 だいじょうぶだよ、
 わたしが、おまえを、あいすから。

















































 その頬に両掌を添える。
 少しだけ抵抗を示すように身動ぐ身体を同じく身体で抑えて、のし掛かるような形で彼を捕まえる。
 距離が近い。
 すべては幻想だ。

 それでも構わなかった。

「ま――」

 引き寄せる。口付ける。
 下がろうとするのを許さない。深く奥まで這入り込み貪る。蹂躙して喰らい尽くす。
 いつまでたっても不慣れな接触に呼気と嗚咽に似た声が漏れ、溢れた粘液が口の端から零れて筋を作る。
 舌を捕らえて絡み付き、震える肉を撫ぜては放し、追い込んでいく。
 応えてくれないのは知っているから、追い詰めていく。



「ん、ッ――……」

 視線がこちらを向いている。
 見ている。私を見ている。
 彼が、私を見ている。

 幻想だった。

 笑い返して、唇を離す。
 唾液に光る半開きの口が、何かを紡ぐ前に指先で止める。
 もう一度笑いかける。



 ――どうしたの、真朱。



 瞳が見開かれる。
 きれいな色をしていると思う。見蕩れるほどに。吸い込まれそうなほどに。
 いとしいほどに。

 その瞳にあいはない。
 分かっている。分かっている。
 それでもいい。
 ただ、見続けてほしい。

 目を逸らさないで。
 振り返らないで。
 おそろしいものに、心を囚われないで。
 ――どうか。







「――んで、だ」



 ――駄目。
 その声に気付いてはいけない。
 それはあなたを傷つけるから。
 それはあなたを苦しめるから。
 どうかだから、私だけを、



 添えた掌をすり抜ける。
 振り返る彼を捕らえきれず、最初からいたあの子の姿を見てしまう。

 立ち尽くし彼を睨めつける、その子どもを見つけてしまう。







「――なんでだよ」

「あんたが殺したんだ! あんたが、家族を!」

「あんたのせいで、みんな死んだ!」

「なんでそんなことしたんだよ!」

「なんで――」







 釘付けた目を指先で覆う。
 見なくていいと囁き耳を喰む。
 あなたを苛む全てのものなど、全てなくして、忘れてしまえばいい。
 私があなたを愛すから。
 ずっとずっと一緒にいるから。



 待ちわびている。
 その日を。あなたを。共に生きる日を。
 わたしの、残骸たちが。



























 だから、早く――

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