17.さながら

『俺は、さ』

 子どもが口を尖らせる。

『初めてあんたを見たとき、本当に、山神さまかと思ったんだよ――』







************ * * *  *   *        *







 買い込んだ品を紙袋を片腕に抱え、人混みの中をすり抜け歩く。
 メルンテーゼを訪れてから、このような市場や街に足を踏み入れる機会が増えた。
 元の世界で特別人との交流を絶っていた訳ではない。ただ、出来る限りのものは自前で揃える自給自足の生活をしていたし、狩りの収穫物を他人に売り払うような事は殆どなかったため、花冠の手元に通貨が舞い込むことなど極僅かなことだったのだ。
 貨幣経済にはあまり馴染めないまま、主に物々交換で毎日を過ごす。そういう暮らし方をしていた。

 だが、メルンテーゼではそうもいかなかった――と言うよりはそもそもが、故郷にいた頃と比べ、他人との関わりを避ける理由が激減した、というのが大きいのか。
 この世界では、花冠以上に奇妙な風体をした人間が多い。人間ですらない者も多い。
 他人の目に奇異に映ることも、自分が人の道を踏み外していることも、意識せずに振る舞える。
 心地良いと、そう思えた。

 それでも花冠の奥底には、紛れもない懐郷の念が燻っていた。



「──かかんにー、ちゃん!」

 声が聞こえたのと肩を叩かれたのと、同時だった。
 振り向き見下ろせば揺れる金髪、こちらを見上げ瞬く緑。
 最後に見たのと同じままの、ジャンルカの姿がそこにあった。

「……ジャンルカ?」

 ――同じ、まま。

「……へへ、あの後ろ姿は、絶対、かかんにーちゃんだと思ったんだ」
「どうにも、目立つようだからな。この格好は」
「だって、そんな笠かぶってんの、かかんにーちゃんしか見たことねーもん」

 ジャンルカも買い出しに市を訪れたところのようで、花冠と同じように紙袋を抱えていた。
 やっぱりな、なんて、戯けたように、調子はずれに、明るい声を上げながら、花冠の隣を並び歩く。
 その顔を、横から見下ろす。



「……何か、あったか?」



 その言葉に、隣、肩が跳ねたか。
 え、と小さな声。不意に見開かれた瞳、止まりそうになった足を慌てて動かして、それから逸らすように顔を前に向ける。
 繕うよう笑顔を貼り付けて、頑なに視線は先を見つめたまま。

「別に、何もねーよ?」

 笑いながらそう返して、足を早めようと、――逃げようとした、その寸前を、掌で捕える。

「っわ、──」

 握り込んだ腕は戦いの中で鍛えられつつはあるものの、それでも十分にあどけない、子どもの細さをしているように感じられた。
 揺れる背中も強張る肩も、同じく細く頼りない。
 寄る辺ない。

「……ジャンルカ」
「……。……え、えっと、……」

 呼びかけた名に、続ける言葉を花冠は持たず。
 捕まった腕を振り解くこともできずジャンルカは、いつものように、繕うように笑みを浮かべて、浮かべようとして、それがどうしても、いつものようにはいかないままで。
 くしゃり崩れる。弾けることもできずに萎む。
 膝を落としてその顔を、正面から見遣り視線を合わせる。

「何があった?」

 今度ははっきりと、問いをかける。
 逃げ場を失ってどうしようもなく、視線を逸らすにも距離が近すぎた。そうして僅かばかり残されていた笑みが剥がれ落ちるのを目の前に見る。
 歪んで俯けられた顔の、泣きそうに揺れる、緑の瞳。

「……っ」

 震える喉は言葉を紡げないまま、堪え損ねた空気の音をたてる。
 その様が幼くて、何を求めているのか知って、知らないで、自分では何にもなれないことを知っていた。
 述べた手が乾いていて、何一つ、与えられやしないことを。

 ジャンルカの腕を放す。その手で、相変わらずに憎らしいくらいに眩しく、けれど彼らしく綺麗で明るい金髪を撫でやる。
 翳された掌に一瞬小さく跳ねた肩の、怯えるような仕草を認めて、されど止めず。押し付けと知った上で、せめて宥めるように。
 くしゃり、ジャンルカの腕の中、縋るように抱きしめられ、顔を埋められた紙袋が音を立てる。
 伏せられた顔が前髪に覆われ、隠された先で、震えてふにゃり、作られた笑みに歪んでいる。

「……ごめん、……なさい」

 か細い声。
 人の行き交う喧騒の中、掻き消されてしまいそうに頼りない、微かな声。
 精一杯の、彼の悲鳴。

「──ッわ、あ!?」

 それを衆目に晒したくなくて、抵抗を覚悟で彼の身体を担ぎ上げる。
 軽くはない。けれど、重くもない。確かな、人の、子どもの重みと温かみを肩に感じながら、何も言わぬまま、人通りの少ない建物の陰に向かう。
 意外なことに抵抗はなかった。ただ、縮こまり強張るような気配ばかりが感じられて、それがひどく痛々しい。
 堪えることに、小さくなって繕って、そうして耐えてやり過ごすことに慣れてしまっているようで、それがひどく痛々しい。



 人目を忍び、彼を降ろしたならすぐさま自分の外套をかけてやって、その顔すらも覆い隠してしまう。
 同じように外套を被せた彼のことを思い出す。
 余計な世話を、節介を、自覚する。

 知っている。

「……俺に謝らなければならないようなことを、お前がしたとは思わないよ。……ただ」
「……」

 それがどうしたと振り払う。
 続けるべきを見失って、詰まりかけた言葉を放り投げる。
 一言残った、それだけを彼に投げ掛ける。

「……辛いものだな」

 恐る恐るに窺うように、上げられかけた面が、途中で止まった。
 堪え切れずに俯いて、抱えた荷物に顔を埋める。少年の小さな背中が震えている。
 壊れ物に似たその身体に触れていいのか戸惑いながら、されど抑え切れず、背中を擦ってやる。
 温かい。こんなにも。

「……本当に、本当につらいのは、……」

 オレじゃないから、と。
 嗚咽混じりに吐き出して、荷物と同じに抱え込んで、救われることすら忘れてしまって。
 こんな風に抱え込むのは、子どものすることじゃないのに。
 こんな風に抱え込むのは、子どもがしなくていいことなのに。

 ――お前より辛い人間がいたとして。
 それがどういう意味を持つのか、どう考えるべきか。
 説いて聞かせるには花冠には言葉が足りなかった。
 言葉を切る。

「……なあ、ジャンルカ」
「……っ」

 かわりに名を呼ぶ。
 縮こまった肩、押し殺して苦しげな息を吐きながら、ぐしゃぐしゃに崩れて赤くなった顔で、ジャンルカが花冠を見上げる。
 潤んだ目の端に、涙の粒が滲んでいる。

 だからせめて、自分は笑ってやらなければと、そう思った。

「……自分が辛いなら、それでいいんだ。他の誰がどうあっても」

 ぽろり、と、次の瞬間には。
 留めることも最早叶わず、透明な涙が止め処なく、少年の頬を転がり落ちていった。



 どうしたって子どもで、どうしたって頼る先が欲しくて、それでもどうしても、投げ出された先のこの世界で、そんなものは見つからないから。
 だから抱え込むしかなくて、せめてを願うばかりで、何にも見えなくなってしまって。
 それの何が悪いのだろう。それの何が罪になり得よう。
 彼らはただ精一杯なのに。



「……オレさ、……アリシアの気持ち、全然、分かん、なくてさ」

 どもりどもりに語る少年の身体を抱いて、とん、とん、と、あやすように背を叩いてやる。
 温もりで安息を得られればと。誰かの身体に寄り掛かることが、縋ることができるならばと。
 その先になり得るのならばを願って、叶わないことも知っているのだ。
 こんなものは仮初に過ぎない。

「……アリシアが一番、つらいって、分かってる、気でいたんだ、けど、全然、だめで、……全然、分かってなくて」

 頷き返す。
 聞いているよ。分かっているよ。
 お前の言葉は、届いているよ。

「ずっと、ずっと一緒に、居たのに、……アリシア、ずっと、さみしかったんだって、気付けなくて、……〜〜……ッ……オレ、ほんと、ばかだなって」
「……何か、言われたのか」

 問うべきかは、少し迷った。
 それを自分が知るべきであるのか。
 問い掛けるこの言葉が、アリシアに対する非難に聞こえやしないか。
 今更引くことなど有り得ないくせ、迷いばかりは、いつまでも尾を引く。

 ジャンルカがこちらを見る。見開かれた瞳の緑が、ああ、きれいだ、と、場違いに思う。
 そうしてまた彼は笑おうとして、それもやはり上手くできず、また、顔を俯ける。

「……オレ、孤児だからさ」

 ことばが、どこか、投げやりに響く。

「親の顔とか、覚えてなくて」

 だから、と彼が続ける。



「──親の居ないルカになん、か、気持ちが分かるわけ、ないって」



 それですらどうして笑おうとするのか。
 傷口に塩を塗りこむような仕草で、どうして笑みを作るのか。
 ぼろぼろに傷ついて裂かれ血を流す、そんな心で、上手くいくはずがないのに。

 アリシアの言う通りだった、と、その声は紛れも無く、自分自身を責める色を帯びていた。
 それなのに少年が笑う。苦しいのを抑え込んで、痛みだってない振りをして、自分ばかり責めて笑う。

 笑顔を作ったジャンルカの目の端には未だ涙が残っていた。
 それを指先で拭う。慌てたように目を擦る彼の名を呼ぶ。
 ジャンルカ、と名を呼ぶ。

「――?」
「俺にはお前の気持ちは分からないし、アリシアの気持ちも分からない」

 こちらを見上げるジャンルカに、真っ直ぐに届くように視線と言葉を返す。
 返したいと思う。

「……他人は、どうしたって他人だから、他人の気持ちが分からないのは、当たり前なんだ。……その上で」

 そう、その上で。
 どうしたって超えられない壁を前に、

「お前は、どうしたいと思う」



 暫し、間が空いた。
 沈黙。気詰まりなそれではない。
 少年が、ジャンルカが、自分の言葉を、自分で探すために、必要な時間。

「……オレ」

 無意識だろうか。荷物を抱えるその腕に力がこもる。
 かさり、小さな音。

「──……それでも、アリ、シアの――」



 そうだろうと思った。
 それだけ聞ければ、十分だとも思った。



「……傍にいてやれ」
「――……」

 いつしか、同じことを言っただろうか。

「家族でなくとも、親でなくとも、お前たちは――お前は、アリシアの”大切”だよ」

 あんなにも想っていて、あんなにも想われているのだから。
 何の縁も関係もない花冠が傍から見て、それが見て取れるくらいなのだから。
 それくらいは、胸を張ってもいいのだと思う。

「……っオレ、オレだって」

 慌てたように荷を抱く手に力を込めて、弾みづいたように声を張る。

「アリシアのこと、大切だって! ……だから」

 だから、傍にいたい、と。
 泣きそうな、消え入りそうな声で、彼はそう言うのだ。
 泣きそうでも、消え入りそうでも、彼はそう言うのだ。

 何者もそれを妨げられやしないから。
 何者も想いを絶つことなどできないから。
 その言葉に、或いは花冠も、確かに安心させられたのだと思う。







「――で、一人あやしつけた直後で悪いんだけどよ」

 ありがとな、オレ、もう大丈夫だから。
 そう言うルカを見送って、再び外套を纏った花冠を呼び止めたのは、上空から降りてきた声だった。
 視線を上向けると一本角、いつしか、見覚えのあるエンブリオの姿。
 ――アリシアと契約した、ユニコーン。

「……花冠だったか。こっちのお嬢さん頼まれてくれねぇか? あっちで」

 彼が指で示した先は、この場所からは少しだけ、遠かったように思う。

「……帰りたくないって、駄々捏ねてるんだけど」



 導かれるままに足を向けて、折れ曲がった路地の先に、確かにその姿はあった。
 ジャンルカと同じく、それ以上に細く幼い身体を壁に預け、帰る場所をなくした子どものように、膝を抱えて丸くなっている。
 ――違う、と思う。彼女はまさに、帰る場所をなくした子どもだった。
 家族から離されて、大切な幼馴染みさえ傷つけてしまって、帰る場所どころか、行き先すらも見失ってしまった。
 どうしようもない、迷子だった。

 足音に気付いたか顔を上げ、立ち上がろうとしたアリシアは、花冠の姿を認めて虚を衝かれたような顔をした。
 どうして、とでも言うような。

「――花冠、さん?」
「アリシア。……どうかしたのか」
「どうか、って――」

 花冠が現れたことを訝しんでいるのだろう。
 恐らく彼女は、誰も訪れない場所として、この入り組んだ路地の奥を選んだのだろうから。
 その理由を、花冠の背後に見えたエンブリオの姿に、納得したか。なんでもないです、と視線を逸らす。

「……疲れたから、ちょっと」
「疲れた」
「そう。……花冠さんは、どうしてここに?」
「買い出しに。そうしたら、お前がいると聞いたから」

 アリシアの質問に答えながら、彼女の方へ歩み寄る。
 同じように壁に背を預けて座る。
 買い出し、と、先程の花冠を真似ぶように、アリシアも繰り返した。

「……私、風邪、治ったばっかりなんです。あんまり、近く居ると」

 逃げる訳にもいかなかったのだろう。
 けれどどこかばつの悪そうな様子で身を縮めながら、そんな風に言った。

「……移るかも、しれません」
「治ったばかりなら、こんなところで一人でいるものではないよ」

 だって、と口をとがらせる彼女に、自分の外套をかけてやる。
 三人目だな、と、脳の裡側で密かに思った。



「ジャンルカに会った」

 その言葉が何を意味するものか。
 花冠は勿論、アリシアも、分からないはずはなかった。
 少女の肩が竦んで跳ねるその様子すら、彼とどこか似通っていて、ああ、幼馴染みだな、と、勝手に納得させられる。

 ルカ、と、途切れ途切れに、名を呼ぶ。
 彼はここにはいない。

「後悔しているのか?」
「……そんなの」

 してるに決まってる。
 消え入るような話し方までそっくりに思えた。
 膝を抱える腕に力が入って、背中も丸くして、また一回り、小さくなったように見える。

「……ジャンルカは、その言葉に、傷ついたかもしれない」
「――っ」
「自分自身の事を責めたかもしれない」

 苦しげに唇を噛み、ぽつり、零す。

「……だから、私が、悪い」

 後悔に塗れて、自責の念ばかりを募らせて、行き場をなくした横顔だった。

 彼女はひどいことを言ったのだと思う。
 そして、口から放たれてしまった言葉は、心を刺した言葉は、どう足掻いても手を伸ばしても、戻ることは有り得ない。
 過去には戻れない、などとは、今更過ぎて当たり前だ。

 自分が悪いと、そう言うアリシアを、花冠は否定しなかった。
 肯定することすらできた。
 家族が恋しくて、追い詰められて、埋められない寂しさのあまり、思わず零した言葉だったとしても、それがジャンルカを傷つけたことに変わりはないから。

「……だが」

 だからアリシアの言葉に返答を返さず、ただ、続けた。
 ジャンルカが、どう在るかを。

「それでアリシアが、自分を責めてしまうことを、喜ぶ奴ではないよ」

 アリシアが顔を上げる。
 不意を打たれたような無防備な幼い顔で、数度、瞬きを繰り返す。

「私が、自分、を?」

 呆然とした声だった。
 思ってもみなかったとでもいった様子で、それから少し、視線を落とす。
 責めて、と、花冠の言葉を繰り返す。

「……ジャンルカが見たいのは、アリシアの暗い顔よりは、笑顔だろう」
「――笑顔」

 えがお。まるで初めて聞いた言葉であるかのように、それも繰り返す。
 それに応えなければならないことはないが、と、前置きする。
 強制されて浮かべた笑顔を、彼らは望んでいないだろうから。
 無理して作った笑顔ほど、痛々しいものはないから。

 例えば、ジャンルカのそれのように。

「ジャンルカに対して申し訳なく思うなら、”してしまったこと”で、自分を追い詰める必要は、ないのだと思う」

 考え込むように、アリシアが頬に掌を当てる。
 幼い仕草。小さな掌。
 これが銃を握って、戦っている。
 家族からも離されて、戦っている。

 何故、などとは、誰に問うこともできない。

「……でも、私、酷いこと言いました。絶対、言っちゃ、駄目なこと」



 ――『親の居ないルカになん、か、気持ちが分かるわけ、ないって』。
 吐き出すその声で、彼は重ねて、自分を傷付けていただろうと思う。



「……ルカと、同じくらい、私だって、傷つかなきゃ」

 それが義務であるかのように、アリシアが言う。
 どうしてそう思う、と、疑問を投げる。
 だって、と、それが癖のように、少女は口を開いて、

「ルカだけ、辛いのなんて、嫌です。……私が傷つけて、ルカだけ痛くて、そんなのは」

 嫌なんです、と、声が震えた。
 その声はもう、十分に傷ついたそれだった。



 愛されているのだろうと思う。
 愛しているのだとも思う。
 彼女は。彼女に。
 彼女の、家族は。

 眩しい筈のそれが何よりももの悲しいのは、今、彼女と彼らを隔てる壁が、あまりにも大きいから。
 どうしても届かなくて、どうしても触れられなくて、顔を見ることができなければ声も聞けず、安否すら分からず、伝えられない。
 理不尽に隔絶されたこの先で、少女は、引き離されて一人きりだ。

 ジャンルカがいる。
 シズがいる。
 この世界で知り合った、友もいる。

 それでも家族は唯一無二だ。
 代替えの利かない、たった一つだ。

 だから、

 ――だから。



「なら――それは、貸しにしておけばいい」

 少女の隣、その言葉を、軽く響かせることはできただろうか。
 自分の背負うそれを、アリシアに背負わせる必要はない。背負わせてはならない。
 自分のすべきはそれではない。

「……、……貸し?」

 目を瞠ったアリシアに、貸し、と再び繰り返す。

「……ジャンルカが思わず、お前を傷つけてしまうようなことが起きた時に、ジャンルカが自分自身を責めずに済むように」
「……ルカ、が」



 そんな時は来ないかもしれない。
 そんな時は来ない方がいい。
 だが、ジャンルカもアリシアも、小さな子どもに過ぎない。
 ――それ以前に、一人の人間に過ぎない。

 だから、いつ過ちを犯すとも知れない。
 アリシアがしたように、抑え切れず、大切な存在を――あるいは、大切が故に、傷つけてしまう日が、来るかもしれないから。



「……ルカが、自分で自分を、責めないように」
「その都度傷つけてしまうよりは合理的だろう。……合理的、で、済ませていい問題かも分からんが」
「……花冠さん」

 それでも、と肩を竦める。
 自分を傷つけてしまうより、ずっといいから。

「……そう、ですね。考えて、おきます」

 貸し、と、もう一度繰り返して、アリシアは頷いた。



「……あまり気負いすぎるなよ。子供の頃は、何にせよ、間違えるくらいがちょうどいいんだ」

 アリシアの隣から立ち上がって、小さな頭を軽く撫でてやる。
 彼女は少し落ち着かない様子だったけれど、それでも、その手を振り払うことはしなかった。

「……子供って、よく、わかりません」

 ぽつりぽつり語る様子は、いつもの彼女に少しずつ戻ってきているように感じられた。

「……でも、花冠さんの言葉は、不思議と落ち着き、ます」
「……そうか?」
「はい。……態度とか、言葉とか、そういうの。……落ち着きます。それと、少しだけ、懐かしい感じもして」

 言い募る途中、何を伝えようとしているのかも、少し分からなくなってきたようだった。
 なんにせよ、と締め括る。

「……なんか、すみません。それと、……ありがとう、ございます」
「……どういたしまして」

 で、いいのかどうか。
 何かできたかも正直なところ分からないが、彼女に感謝されるだけのことができたのだったら、恐らくそれは幸いなのだと思う。
 述べた手が、何を掴めたのか、何を救えたのか。

 分からないなりに、それでいいかと結局は納得した。
 納得できるだけのものが、少女の表情に認められた。

「花冠さん、その、えと、……お話できて、良かったです」

 だから、なあ、と。
 問い掛けようとしたその言葉も、飲み込んでしまった。
 聞くまでもないことだと、馬鹿らしい質問だったと、諒解してしまえた。 

「……力になれたのなら幸いだよ。また何かあったら頼ってくれていい」

 背を向ける。
 頼りになるかの保証はできんが、と、言い残して歩みを進める。

 はい、と、少女の、確かな声。



「……私、頑張ります、ね」



 それが何よりも、心強い。







『――家族と引き離されるのは、やはり、辛いことかね』

 愚問だった。
 あまりにもひどく、みっともない、愚問だった。
 ただ、彼女の心を傷つけるだけの、どうしようもなく救いようのない、愚問だった。



 山神さまと、そう呼ばれた日を思い出す。
 ふざけた話だと思う。何が、何が、何が。
 何一つ叶えられないで、何一つ願えもしないで、何一つ手に入れることができなくて。
 何が、神さまのよう、などと。

 神であれば。
 神であれば、彼らを救えたか。
 神であれば、彼らを殺さずに済んだか。
 神であれば、彼らと共に生き続けることができたか。

 そんなことは有り得ない。



































 大丈夫だよ神様じゃなくても神様なんかよりもずっとずっと尊いから愛するあなたはわたしの愛するあなたがあなたが愛するわたしが何よりも誰よりも素晴らしく素敵でだから悲しまないでそんな風に泣いたりしないであなたは優しいから優しすぎるからそんな風に抱えてしまってあなたとは関係ないあの子達のためにでも仕方ないねそんなところも含めて全部ひっくるめてあなただものね責められはしないよわたしだものあなたあものわたしはあなたを責めたりしないの大好きだからずっと一緒に居続けるからそのためにずっとずっとずっとずっと一緒にいるからねえだから早く邪魔なものは捨ててしまいましょう遠ざけてしましょうあなたとわたしの愛するものだけを抱き締めてそして世界を埋め尽くしてずっとずっと一緒にい続けましょうそれだけがわたしの望みであなたの望みでだからねえ聞こえているでしょうねえ呼んでいるのあなたを呼んでいるの呼び続けているのお願い応えて真朱あなたよあなたのことなのよこの名前は真朱は貴方のものなのだから早く応えてよお願い真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真朱真      朱
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