34.忘れ者
――死の王。
そう呼ばれる存在であると、後で聞いた。
くすんだ骨を剥き出しにした朽ち果てた身体。
美しい女としてのかたちを引き裂き、本来の悍ましい顔面を晒す骸を従えて立つ、荘厳なまでに禍々しいその姿のさま。
腐敗臭が漂う。足下を這いずる薄らい寒闇の気配。
ぴりぴりと肌を撫でる、敵意ですらない衝動の鋒。
世に組み込まれた機構にも似て。
目の前に立つそれを、花冠はただ、眺めていた。
生きものとしての気配を欠片も感じ取れない彼らが、しかし侵入者に確かな暴力を掲げ、昂ぶり吼える。にげて、と、掠れがすれに躯が啜り泣く。
すべて聞きながらその場に立つ。
力任せに杖が振り下ろされる。技巧も何もない打撃は、それでも疾く重く、あまりにも容易く花冠の肩を砕いた。自分の骨の折れる音が耳に響く。腐った屍肉が引き摺られ、垂れ落ちる音に比べれば、よほど心地の良い音楽にも聞こえる。
飛び退り距離を取る。追い縋り来る躯を、巡る熱を炎に換えて放ち焼き尽くす。
――りが、いや、耳の錯覚だ。炎に呑まれる彼らの声など聞こえない。届かない。
弾ける火の粉が、暗闇に眩しい。
それに照らされる王の様相を隻眼で見上げる。
数え切れぬほどの配下を引き連れたその姿がひどく孤独なものに映ったのも、なんということはない、ただの錯覚だったのだろう。
ばき。
ぐちゃ、ごりゅる、ぎぢゃり、ぐるるうううおおう、ざりざりぎゃがが、づるん、びぎぎぎごぎ、ががが、べぢゃ、ごろ。
ぽとり。どろ。
ころころ。
どさ、ざり、ばたん。
「…………」
目は闇に慣れている。くすみ汚れた黒い天井。
身を起こすと意識がぐらついて、つんと鼻を衝く腥い臭い、床に手をつけばぬるりと不快な感触に滑る。
吐き捨てた唾にも赤い色が混ざっていた。
それでも”やつら”はここにいない。
花冠の骨という骨を砕き、群がり肉を抉り喰らった骸の群団は、いつの間にやらどこかに去ってしまったようだった。
自分をその中に迎え入れることもせで、放り出して捨て置いて。
胸の傷痕に指を添う。
おまえはだれだ。問いかける。
ここに在るものは。
あいをささやくけもののこえが、
求め続けるものであるとも気付かずに。
「そうだったな……」
血で汚されて癒えきった花冠の胸元を前に息を呑み、龍であった筈のモノが慨嘆する。
――お前は、脆弱な人間だったな。
そう零す自分こそ、同じく、それ以上に脆弱な存在に成り下がったことを、或いは忘れているのだろう。