35.生きる知恵

 ぱちり、
 ぱちりと火の粉が弾けては舞う。
 先程清流で花冠が釣り上げた魚を串に刺して焼きながら、そういえば、と花冠は焚火越しに座っているフィンヴェナハに視線を向けた。

「フィンヴェナハ。お前は一人で行動している間はどう食い繋いでいたんだ」

 素朴な疑問だった。

「なんだ、珍しいことを聞くな」
「こちらに来たばかりの頃、何の役にも立たなかったことを思い出してな」

 メルンテーゼに迷い込んだばかりの頃も同じように釣りをして食い繋いでいたものだった。
 元の世界では超人的な運動神経に任せて狩りをしていたフィンヴェナハが狩りをしようとも、無造作に獣を追い掛けては逃げられ、体力を切らしてぐったりとへばるというのが関の山で、この手の食糧調達は専ら花冠が受け持っていたものだったが、途中からは花冠がフィンヴェナハを置き去りにすることも増えてきたから。

 今も同じだった。
 フィンヴェナハに”居所”は渡してある。
 彼女が自分の足跡を辿れるようにと徴を残している。

 それでも、いつでも。



「それも、もう古い話だ。今となっては、身体を動かすことにも慣れて来た」

 フィンヴェナハは花冠の疑問に対して、やたらに胸を張って自信ありげな様子だった。
 そんなにも誇らしいことなのだろうかと疑問に思ったがそこは突っ込まないでおく。不必要に波風を立てる必要はない。そう判断した。
 そしてフィンヴェナハは森や草原ならばいくらでも自由は効くようになった、と続けてから、

「だが、屋敷や地下の中では、少々困ったことにもなったがな」

 そう表情を曇らせた。

「なんだそれは」
「何分、獲物となる獣が無かったからな。時折り食料らしきモノはあれど、何れも腐敗していた」
「そうか」

 ぱちり。弾けた火の粉に香ばしい匂いが漂い、いい具合かねと焼いている魚をひっくり返した。白く焼けた瞳が花冠を見ている。それを無感動に見つめ返す。

 フィンヴェナハは花冠とは違って、恐らくどうやら、”ただの”人間の身体になっているようだと花冠は判断していた。
 だから自分とは違い餓えると困る。生命活動に支障を来し、いずれは野垂れ死ぬ結果となる。

 そうなろうとも花冠にとっては、恐らく、知ったことではない、のだろう。

「だが、その様な中でも、我は喰えるモノを見つけたぞ」

 フィンヴェナハが投げて寄越した鉄の塊を、花冠は両手ではしりと捕まえる。
 背の低い円柱のような、扁平な形をした鉄だった。保存状態は良好ではないようで、表面に付着した錆が掌を茶色く汚す。それを不快にも思わずに、ただ、一瞬正体を掴み損ねた。

 同じ形の代物をもう一つ取り出し、フィンヴェナハが掲げる。

「一見して食い物には見えぬだろう。ましてや、そのまま舐めれど味は無い」
「…………」
「だがな、コイツは中に汁を封じてあるのだ。良いか、この辺りを齧ると……」

 がぶりと顎で缶を齧るフィンヴェナハ。
 随分と丈夫な顎をしている、とどうでもいいことに関心させられる。大事なことではあるが。

「これを、啜るのだ」

 齧って割れたその隙間から垂れる油汁を示して、どうだ、としてやったりな表情であった。



「どうだ? 貴様も、一つ吸ってみると良い」
「……フィンヴェナハ。お前は、あまり屋内に行くべきではないな」
「どういうことだ?」