38.あいするもの

 成し遂げたかったことが、確かにあったはずだった。



「元気そうじゃないか」
「……お生憎様で」

 木から落ちて大の字に天を仰ぐ子どもを見下ろして、緩く首を傾ける。
 子どもの方はと言うとばつの悪そうな顔で目を逸らし、よ、と腹筋の力で身を起こした。視線を周囲に巡らせ、くそ、あいつら。悪態をつく。子どもを木から突き落とした超本人、眷族どもは既に散り散りになって、追いかけようにも今更だった。
 子どもは恨めしげな様子でこちらを見上げるが、自分の存在はあまり関係のないことに思える。異邦の眷族どもの逃げ足が速いのは元からのことだったからだ。
 それでも最近は、子どもの足もそれに追い付きつつある。

「逞しくなったな」
「はあ?」
「お前のことだ」

 子どもの隣に座り込むとあからさまな渋面を作られる。二年か三年か、人間にしては長い時間を共にこの山で過ごしたが、相変わらず嫌われたままだ。
 つれないな。そう問いかけるたび、当たり前だ、と返される。



 お前は家族を奪ったんだと、呪詛には力ない呻きが返る。



「昔のお前がこのような木から落ちたら、骨の一本や二本はやられていただろう」

 生い茂る枝葉を見霽かし言う。
 子どもの落とされた木は、樹齢千を超える巨木であった。

 がさり、風に葉がそよいで、ひらり舞い落ち影を落とす。

「それが?」
「逞しくなったと言っている」
「……そんなん、どうでもいい」

 べたりと足を投げ出した姿勢で、視線はいつまでもこちらを向かない。
 意地になった背中が強情さを一杯に示す。
 借りてきた猫という言葉があったか、と、緩く考え込む。

「あんたを倒せないんなら意味がない」

 子どもが言う。
 言い募る。

「あんたを倒して、邪魔するもの全部薙ぎ倒して、里に帰れないんなら意味がない……」

 膝を抱えて頭を埋める。
 そう、子どもは求めている。
 ずっとずっと求め続けている。



 倒して、と、そう言うところが、
 あるいは子どもの甘いところか。
 ”それ”を求めるには、子どもはあまりにも当然に育った、ただの子どもで在り続けていた。



 その一面を愛していた。

 その一面を愛している。



 彼の願いを叶えたいと、まだ思い続けている。
 それこそが自分の願いであると、そう錯覚を抱き続けている。