39.死人
「待て、花冠」
その時、粘着くような闇に包まれた地下牢の奥に二人はいた。
先行する花冠を追い掛ける形で歩いていたフィンヴェナハが不意に彼を呼んだのだ。
花冠は足を止めた。振り返り、視線だけをそちらにやる。
「……少し、聞きたい事がある」
「何だ、改まって」
「ついこの間、貴様が話していたことだ」
ついこの間。
いつのことだったか。
何の話をしたのだったか。
「死したモノを、蘇らせることを欲していると……そう言ったな」
ああそのことかと納得する。
そういえばそんな話をした。フィンヴェナハが、お前が望むのならばそれは叶うのだろうと、成し遂げ得ぬことなどないだろうと、ひどく的はずれなことを言うから。
何を世迷言をと。
それに怒ったのは自分で、そうしてフィンヴェナハを突き放して、
――いつからこうして、二人でいる?
雑音。
歪曲。
「それは、誰なのだ?」
「家族だ」
「……親か? それとも、兄弟か?」
「両方。妹も。……訊きたいことはそれで終わりか?」
「……獣にでも、襲われたのか? 貴様の、同胞は」
「知らん。俺の与り知らぬところで死んだ」
墓すら見つけ得ぬ。
その死に様すら自分は知らない。
放り投げられたまま、手が届かない。
「……貴様の失った命を取り戻す方法が、ひとつある」
「…………」
また馬鹿げたことを言い出したものだと思う。
付き合いきれないと返事も返さで、
「我の中に、新たな命を宿すのだ」
――背を向けた。
再び歩き出す。
「我の命は、我のモノだ。 だが、貴様の命は貴様のモノでは無い」
「貴様の命は…失いし命は過去に置き去りにされてきた」
「だからこそ、貴様の未練は晴れぬのだ 自覚はあるだろう」
「理解したつもりになっていろ」
声は低く地を這う低さに、荒れ狂うモノを覆い隠す。
違う。これはお前じゃない。
この怒りはお前じゃない。
「理解を得たいならば、新たな命を吹き込め」
「――お前は」
なのに近付く足音が止まらず、
変わらず無遠慮に踏み躙り続けるから、
「俺がお前に、理解を求めているとでも、思ったか」
振り向きざまに抜いた切っ先は、その喉の中央を捉えて止まる。
踏み込めば穿ける。
その生命を奪える。
甘く芳しい誘惑に、頭も意識もぐらついて傾ぐ。
「違うな、貴様は死人だ。理解の出来ようはずもない」
「死んだのは貴様の家族ではない、貴様自身だ。……死人が、我にかなうと思うか」
死人。
その表現に脳裏に過る、
――たすけ、て、
血に沈んだ腕、
伸ばされた指先、
掴み寄せて、そして。
「……死人であれば、殺されることもできんな」
そう、だからもう殺せないし、
自分のものにできず遠ざかって、
閉じ込めてもそのかたちは変質して、自分の愛したその姿も留めないまま、
――真朱。
呼びかける声。
あなたを愛しています。