40.救えぬ者

 自分は類稀なる、人間離れした身体能力には恵まれたが、他人を癒す力を備えることは出来なかった。
 それは自分の生きる世界にそういう概念がないからだ。薬を調合すること、手当をすること、または医学。それが個人の限界であり、だが、自分は一人で生きてきたから、人智を超えた治癒能力をも持ち合わせていたから、そういった諸々はうまく身に付かなかった。

 この世界を訪れてからもそうだった。
 エンブリオと呼ばれる不可思議な力が跋扈する世界で、”癒し”の力を備える者は少なくはなかった。どれだけ本人が傲岸不遜な性格をしていても、繊細さなどとは縁のなさそうな形でも、他人の傷を癒し、守る力を持つ者は多く見られた。
 今、こうして花冠の刃を掻い潜り、負わされた傷をすぐさま癒していく同行者もまた。



 お前には救えない。



 斬り刻む。
 修復された傷に刃を突き入れる。繰り返すたび速く、深く、より鋭さを増して。
 単純な話だった。相手が癒しの力を備えているのなら、それを上回ればいい。
 死ぬまで殺せばそれでいい。

 傾ぐ身体を斬り払う。腱を断ち膝を着かせ、体勢を立て直される前に突き放す。
 引き絞る極弦で身を縛る。



 簡単だ。
 殺してしまうのは、簡単だ。



 お前を殺すことは、きっと、簡単に出来てしまう。