43.霞の向こうに
焦がれる、という感情の動きを、忘れたようでいて奥底に燻り続けている。
ただそれが自分のものでないことを知っている。
自分ではない。自分のものではない。
自分でない誰かの執着が奥底で身を炙ってその形を知らしめて、故に自分のそれを見失う。
花冠よ、我がものとなれ――。
その言葉を聞いた時の心の造作が、遠く霞んで思い出せない。
あの日の自分は既に形を失って、知らない誰かに成り果てていて、確かに何か、心を動かされた筈なのだ。
知らないふりをして求めないことを割り切って、ただ故郷の近くに在ることを幸いとして、それでも戻ってこないものにただ懸想して夢を見て、その夢の形すら定かでない。
ただ幸いに似た形の幻想に浸ることばかりを望んでいた。
焦がれていたのだろうと思う。
家族を愛していた。
ずっと戻りたい、あの日々を取り戻して、当たり前に過ごしていた時を尊んで、それが戻らないことを嘆いてもどうにもならないからと渇ききった心を横たえていた。
ただ一人で完結した世界の中で、無為を無為と気付かないように、残滓に縋って時を過ごしていた。
その中に投じられた一石の重さをお前は知らないだろう。
――ずっとずっと、欲しがっていたのは私の方なのに。
「かえせよ!」
――家族のもとへ。
「かえして」
――彼のことを。
届かぬ願いが花開き、実を結ばずに崩れ落ちる。
散りゆく花弁の儚さを愛し惜しめど、後には何も残らない。