45.まねぶまなぶ
静かな安寧の底で揺蕩っていた。
やわらかく、穏やかで、何にも害されることがない。
そういう夢を見ていた。
元が安穏とした気性の持ち主である彼にしてみれば、楽園のような。
静かに暮らしたかった。
冒険など求めていなかった。
当たり前に育ち、当たり前に人を愛し、祝福して、祝福されて、命を育み次につないでいく。
そういう変わり映えのしない人生。故郷での暮らし。
安らかな日々。
それを求めていた。
それを求めていたのは彼だった。
かえせと叫んだ彼だ。
理不尽に歯を食い縛り、その元凶を睨み上げ、許さないと叫んだあの子ども。
確かに惹かれたその存在を、今もまだ弔い続けている。
許しを乞えどいらえはない。
指をすり抜けた命のかたちを、今はもう忘れてしまっていた。
ただ残滓に縋っている。
確かこういう形をしていた。
彼はこれを望んでいた。
彼の愛するものは、歩む道は、彼のするであろう選択は、好みは、特技は、残されたものは。
下手な模倣。
それが二百年。
殻が破れる日は近い。
知っている。知っている。
待ち侘びている。
気付かないふりでいる。
作り上げたこの虚像を、ただ大事に守り続けている。
「――花冠?」
声に顔を上げる。
陽光の差し込む長閑な森林道。
白いオブジェの描く美しい曲線に、一瞬目を奪われる。
つくりあげられたそのかたち。
「ちょっと、どうしたのよ。大丈夫?」
「……ああ。いや――何かあったか?」
「何かって、オレたちが聞きたいよ。急に立ち止まったのは兄ちゃんの方だろ? なんか見つけたんじゃないかって」
「お主は森には慣れていると言っていたからのう!」
振り返り、こちらを見ているのは――同行者、だろう。
メルンテーゼに迷い込んで、一揆とやらに参加してからは、こうして多くの者と行動を共にすることが増えた。
自分のおかしなところも、この珍妙な世界ではおかしなものとして映らないから、何も気兼ねすることないと気楽ですらあって、だから、そうだ。
今もきっと、そうなのだ。
「……すまない。少し勘違いをした。何もなかった」
「そう? ならいいけど……」
「無茶すんなよー?」
心配げに眉を下げる金髪の青年に頷くと、その横をすり抜けて女の先導に従う。
先へ。先を急がなければならない。
駆り立てられるように足を進めるその根源が、奥深くで静かにざわめく。