59.逃亡者
省みろと、何度も言葉を重ねられた。
その誰もが花冠を責める論調をしていなかった。
彼らは花冠を見ていた。花冠の語ったものを、その背にあるものを見ていた。
過たず確かに、花冠に向き合うことをしてくれていた。
お前は省みるべきだと。
自らの立ち位置。持ちうるもの。
諦めてしまっているのは何故だと。
確かにお前は、その手に、福音を手にしているのだと。
求めれば得られるのだと、自分はその助けになるのだと、望むことをやめてしまってくれるなと。
彼らは皆親身であった。
手を述べることを躊躇う様子はなかった。
口先だけの無責任で花冠を追い立てているのではないのだということを十分に理解できた。
だからこそかもしれない。
自分は恵まれていると知っていた。同時に、失ったものが、二度と戻らないことも知っていた。
望んだものは手に入らないものだと。ただ憧れるままに在って、届かないそれに懸想し続ける日々を当然として。
そう在るのが自分で、だから、それで既に満たされているものだと思っていた。
満たされるべきであると思い込んでいた。
だのに、
これ以上を求めていいのだと、
求めることができるのだと、言い聞かされてしまえば、
今までの日々が、分からなくなる。
諦めて過ごした日々が。
その前の、藻掻いて、得ようとして、掌に収めて握り潰して、
魂魄の片方しか残らなかったあの日が。
自分の犯した罪から目を逸らすようで。
欲しいものを恣に、それを疑わず傲慢であったことを思い知らされて、
そうして生きてきたことを、誰も否定しない。
その上で、進んでみるのも悪くないのだと言う。
そうすることが、お前のためになるかもしれない、と。
すべては自分の臆病に端を発して、こうして踏み止まっているのも同じくだ。
間違っていてもいい。ただこれ以上失うことを恐れて、失わせることも恐れて、一人に慣れて、満足して。
それを破ろうと伸ばされた爪が頬を掠めて、しかし致命的な傷にはならず、呪わしい身体はそれを癒していく。
だから、分からなくなる。
自分の向かう先も、望むことも、本当の心も。
『愛したい』の響くさまも。
暖かいそれを振り切ろうと願って、
その為にではない、ただ、自分のために、一つの決着を付けようとする。
求めるものを。
自らの”外”に在るものへと。
「――お前は俺に、何を望む?」
逃げ続けたその姿を、鏡写しだな、と僅かに思った。