61.征く先

 囁きは毒を孕む。







 その断絶は言葉だけで交わされた、至って表面的なものに過ぎなかった。
 大勢にも変化は生じない。
 ただ、諦めと、悟りと、安寧を得ただけだった。



「我が瞳を埋め込んでも無駄か? 絞り粕とは言えど、竜の力ならば作用を起こせるかも知れぬ」

 龍はそう言った。
 どこにでもいる。花冠はそう語った。自分の中に根付いていて、心の臓のみならず、瞳の奥のみならず、どこにでも。
 なぜならこれは。

「俺は」

 これは他ならぬ花冠自身だ。

「これを消し去ることを望んでいない」



 それでいい、囁きの前に腑に落ちる。
 そのように生きている。そのように生きてきた。そのように生きていく。

 そのように、朽ちていく。



 だから花冠は単身征くことを決めたのだ。
 一人ではない。けれどこの身はひとつだ。
 巻き込むべきではない。
 未来のないこの行軍に、誰を供にする必要も感じない。

 ――思い出していた。
 花冠という存在を。自分がどういうモノであるかを。
 何故なにゆえにこの世に生まれ落ちて、どのように生きてきたものかを。

 下手くそな人間のふりも。
 真似た家族への情をも。
 ただ、焦がれることをも。







 殺した子供を自分は喰らった。

 理には反している。魂は既に欠けていて、何もかも今更だ。
 失った命は戻らない。当然の理。魄だけを留め置いて、自らのものと飲み下して、みっともなく執着した。
 意味はなかった。自己満足ですらない。満足などできるはずがない。
 過つた掌は血に汚れて、その事実を受け入れることを、心が拒んだ。

 彼を模して生きることを決めたのは、執着が醜く歪んだ故だ。
 彼が愛したのは故郷で、家族で、自分の守るべき人々で、木々の囁き、この世界の風だった。

 穏やかな気質をした少年だった。
 優しい子供だったと思う。
 自分の手で運命を歪められることがなければ、そのまま里の人々に愛され、村娘を嫁に娶り子を成して、暖かい家庭を築いたことだろう。
 それを真似てやることを夢見もした。同時にそれができないことも分かっていた。

 自分の愛は、他人に注ぐにはどうにも、矮小すぎた。

 少年を真似て薄めて広げたところで限界は見えている。
 柔らかな慈愛の形だけはよくできていて、喰らった器がうまく働いているのを肌で感じた。
 一方で心はひどく空虚だった。



 愛してる、の声だけがらんどうに響く。
 自分の根源の奥底で、求めるモノの、狂騒がざわめいている。
 狂った化物だ。自分の本質だ。在るべき形を外れた、しかし、こちらの方がしっくり来る。
 化物としての在り方が自分の本来であることを思い出せば、その声を受け入れることにも、最早抵抗は生まれなかった。

 その歩みが、自分の好んだ、言葉を交わした彼らの望むものでないだろうことも、十二分に承知していた。