63.終着に向けて

 砂礫を踏み締めて歩く。

 花冠は今、天蓋庭園の先に見つかったという荒地を訪れていた。
 ここはあの濃密に零れる花の園とはひどく対照だ。
 何もかも、枯れ果てている。
 砂を孕んだ風が吹き荒び頬を叩く。

 赤い世界から、出でて。
 世界は未だ朱いまま。

 きっと、永遠にこのままだ。



「……どうした? ジェイド」
「花冠さん」

 花冠とフィンヴェナハをこの地に導いたのはジェイド=サザンクロスだった。
 新王パラダイスを相手取るときにも力を借り、共に撃破した。彼はその時のことを恩義に感じているらしく、お返しに、と道案内を申し出てくれたのだった。
 今は三人で歩いている。花冠とフィンヴェナハの間に、特別の会話はない。

 その必要がないと断じたのは花冠だった。
 願いは果たされない。
 自分はその努力をしない。
 そう断じて、線を引いて、その上で好きにしろと断じた。

 一見変わらないまま平行線の関係は、一方で確かに、変化を見せていた。
 どうしようもなく。
 動きようもなく。

 それをどこかで感じ取っていたのだろうか、ジェイドは何度か気遣わしげに花冠とフィンヴェナハの様子を窺うようにすることもあった。
 一方で自分の踏み込むことでもないと感じていたのだろう。口に出して何かを問うこともしなかった。

 だからか休憩中に花冠に声をかけられ、少し戸惑った様子を見せなどしたのは。
 そうして声をかける相手が自分なのかと。
 自分の方でいいのかと。口に出すことはしないものの。

「……どうした、というのは」
「何か、呆けているように見えた」
「ああ。……いえ。大したことでは、ないんですが」

 ――なんだか、遠くに、来てしまったなあ、と。

 声は寂寞の枯れ地に虚しく響いた。
 吹き付ける風に笠を押さえる。外套がばたばたとたなびく。
 その一方、遠くでなにか、地響きのような重い音も聞こえた。

 唸り声のようだと思った。

「……あの花の咲き誇る天蓋と比べてみると、ひどい差だ。そのせいもあるかもしれんな」
「と、言うと……?」
「妙に心がうそ寒くなるというべきか、どうも、酔いが醒まされるというか。我に返る、と言っても正しいか。……なんにせよ、妙に頭が冴える」

 指で自分のこめかみを叩き、続ける。

「考えなくてもいいことまで考える」



「……それは」
「お前はもとよりその傾向があるかもしれんが」
「…………」

 何か言いかけたところを遮るように意地悪を言ってしまい、黙り込んだジェイドにああ、いや、と掌を振る。揶揄ではないのだと続ける。

「俺もそうだからな。……あの赤い園でも、随分余計を考えた」
「花冠さんが……?」
「意外そうな顔をするものだな。俺はもともと喋らないぶん考え事が多い」
「は、はぁ」

 だから、と立ち上がる。膝の具合を確かめて、十分だな、と呟いた。

「空虚な気持ちになってしまっても、仕様のないことに思うよ。……この先に終着の予感があるのも含めて、な」



 フィンヴェナハに声を掛ける。休憩は終わりだ、そろそろ行くぞ、と。
 分かった。
 余計の返事はなかった。こちらも言葉を重ねることはしなかった。

 それで良かった。