65.距離

「お前たちには世話になったな」

 唐突な言葉に、トーマスもラノエルージュも訝しげな顔をして花冠を見た。

「何、いきなり。水臭いからそういうのやめてくれる」
「そうか? だが、この一揆もそろそろ終わりが見えてきたようだから」

 それは誰が言うでもなく、しかし誰もが感じていることだった。
 一揆に終わりが近づいている。最前線に居るものでなくとも、なぜだかそれが肌で感じられた。

「まあ、最初は花冠さんやフィンさんとこんなに長く付き合うことになるとは思いませんでしたよね」
「闘技でたまたま一緒に出ることになったとかだったもんなぁ。フィンなんかはその前から印象最悪だったし」
「おや。そうだったか」
「喧嘩売られてたもん。闘技で会ったときはなんでこいつが! って思ったよ」

 口を尖らせながらも、今はそれすらも懐かしいといった気配がノエルからは感じられた。
 この一揆は随分と長く続いたような気がした。
 振り返れば一瞬のようにも。

「こうして何かと行動を共にすることになったのは、竜に挑んで以来だったか」
「確か? それまではタイミングが合った時ぐらいだった気がするし」
「あの竜たち、強敵でしたからね。共に苦難を乗り越えて絆を深めるっていうのは物語の王道ですよ」
「トム、そういうのなんか恥ずかしいからやめてくれる……」
「そう?」

 嫌そうな顔をして耳を押さえるノエルの様子が微笑ましい。恥ずかしい、と言われてもぴんと来ないようで、不思議そうに首を傾げるトムもまた。
 善き友に恵まれた、とは、改めて思った。

「……ああ。やはり、お前たちには本当に世話になった。それも長い間」
「だーかーらー、水臭いって。……っていうかさ、花冠」
「なんだ」
「……そういう話、どうしてわざわざ、フィンさんのいなくなったときにするんです?」

 トムもノエルも、言いにくそうな顔をしていた。

 旧王ヨーレに挑む前の戦支度。
 その途中でフィンヴェナハが、周囲を見回ってくる、と席を外したあとだった。

「なんか、僕らによきとも、とか言うけど。……花冠とフィンは、逆に距離が遠くなってる気がするよ」
「そうじゃなくても、なんだか……ぎこちないというか。初めて会った時よりも、二人の間は、よそよそしい気はします」
「……そうか。お前たちにはそう見えるか」
「誰が見たってそうだよ」

 思わず食って掛かったノエルが、はたと気付いた様子で居心地の悪そうな表情になって。

「……別に、僕がどうこう言うことじゃないけどさ。なんか、こうして一緒に旅してた奴らが、そうやって……気まずくなるのは、なんか、イヤだなって」
「ふむ」
「っそれだけ! ほら、フィンヴェナハ帰ってくる前に準備済ませよ。馬鹿にされる!」
「馬鹿にされるのはノエルだけじゃないかな……?」

 やいのやいの言いながらに戦支度に戻る。
 二人の背中を眺めながら、そうだな、言葉はどこか上の空だった。

 いつだって。