66.決めたこと

 彼に懐いていた感情のかたちを、自分は未だ、見定められていない。



「……あんた、なんか楽しそうに俺のこと眺めるよな」
「そうか?」
「わかんないけど。なんか、落ち着かない」

 子どもが口を尖らせる。
 随分と逞しく育った。精悍な顔立ちに、長く伸びた髪を首の後ろで一括りにしている。

「切らないのか?」
「ん?」
「あー。伸ばしておくと何かと使い道があるから」

 そういえば釣りをしたりものを縫ったりするのに何か糸を用いていた覚えがある。
 なるほど、自分の髪を使っていたのか。随分と賢いものだと感心する。
 まじまじと彼を眺めていると、どうにも機嫌を損ねたようで顔を顰められた。

「なんだ」
「……だから、落ち着かないって言ってるだろ」
「何が?」
「そうやって眺められると!」

 ったく、と悪態を吐いてこちらに背を向けると、吊るした干し肉の様子を確認に行く。
 それも眺める。観察するでなく、ただ、暇を潰すように。

「嫌われたものだな」
「当たり前。最初から嫌いだっての」
「そうだったのか」
「……あんた、俺にしたこと忘れてんじゃないだろうな」

 苦々しげに振り返った子どもに緩く首を傾ければ、彼は憤懣やる方ない、といった表情で。

「ああもう! いいから早くこの山から俺を出せって!」
「ああ。あー……なるほど」
「ほんとに忘れてんじゃないだろうな!?」
「お前が」



「お前があまりにも、あやかし共とも、この山での生活にも馴染んでいるから」



 その指摘は彼にとっても苦しいものだったらしい。
 ますます表情を曇らせて、苛立ち紛れにこちらを睨む。

「……馴染まなければ、死ぬだけだろ」
「まあ、そうか」
「俺は死にたくない。死ぬ気もない」
「ふむ」

 茫洋と頷くのを見てか、はあ、と深く溜め息をついて腕を組むと子どもは、

「俺は帰らなきゃなんないからな」

 帰らねばならないから、だから、死ねない。
 あの時の彼は、確かに、それだけの強い思いを胸に懐いていた。







 今の自分はどうだろう。

 荒野の風は枯れ果てている。柔らかく穏やかに身を包むものとは程遠く、餓えきって、そのくせなにもかもを拒絶するような気に満ちている。
 今の自分はどうだろうか。懐郷の念。真似たもの。そうするのが正しく、そうすべきが果たし得ぬ贖罪であると、思い込みと、他に道を失った結果がそれだった。
 馬鹿げている。今思えばそうとしか感じられず、未だにそれを捨てられていない。

 執着は捨てられず。
 終着を見定めて。
 ただ、この世界に帰結する。



 誰にも添わず、誰の手も取らず、ただ、朽ち果てることを決めた。