67.侵食

 砂礫は渇いている。
 この荒野にもそろそろ慣れてしまったな、と、静かに想いを馳せる。
 温かく柔らかい、息吹の根付いた包み込むような風が、削ぎ落とされていくような感覚を覚える。

 手放しつつあるのだ。
 メルンテーゼを訪れてより得ていた風の加護を。

 それは、この争乱の終着と時を同じくしていた。



 世界は依然赤い。
 華の楽園は既に去った筈なのに、咲き零れ染め上げられたのと同じ色を、世界が映している。
 否。この瞳が。

 朱い朱い、あなたの、色が。

「……お前にはこの世界はどう映っているんだろうな」

 呟きが果たして正しく届いているかどうかは分からない。
 ただ反射のような呼応が、







 とてもとても鮮やかよなんて美しいのかと思うこの世界はだってあなたの執着が残らないここではずっとずっとずっと一緒にいられるでしょうのびやかにすこやかにあなたは私を思える私も思える私はあなたと共に在りたくてあなたといられればよかったのにあなたは別のものを映すから私の事を封じ込めてしまうからそうして知らんぷりなんてずっとひどすぎたのよねえだって一緒にいようって一つになろうってそう誓ったのよ私たちはそれはとうの昔の話で今だって続いてる約束なのにそれも忘れてしまうなかったことにしてしまうなんてひどすぎたと思わないかしらあなたが心移りをしたこと許してあげるけど私はとても傷付いたし寂しかったのだからもう二度とそんなことしないでねお願いよだから私はここに来たのよあなたと私が一人でいられるようにあなたが私を忌まないように私があなたを愛せるようにだからこの世界はとてもきれいだと思うのずっと待ち侘びていた夢が理想が在るべき形がここで果たされるのだからなによりも美しく映るわねえあなたもそう思うでしょう知っているのよだって――







 本流のような思考が脳裏を肌の下をざわめいて、申し訳のない事をしたな、と思う。

 これが求めているのは真朱だった。花冠と成り果てる前の、神に通ずる、妖としての形。
 その中に宿る、彼が求めたもの。彼を求めるもの。
 傷として眠る哀れな思惟の煮詰められた欠片であり、力の源。
 侵食していくもの。

 花冠はそれを拒んだ。
 人として在ることを望んだ花冠は、それを異貌の類、忌むべきものとして封じ込めていた。自らの形を失うことを恐れ、その形を眠らせてしまった。
 人で在ることを望み、人でないものを恐れ、人でない力で以て、人でないものを押さえ付けていた。

 その歪な有り方を、何故あの竜は、人として、見初めてしまったのだろうか。



 この世界へと花冠を導いたのは他でもない”これ”だった。
 本来それだけの力はない。しかし他からの救援を、世界を跨ぐ来訪者を求めたメルンテーゼの召喚に、僅かな力を振り絞り応えた。
 無意識下のことだ。”花冠”にその自覚はない。
 また、その際に竜を巻き込んでしまったのは想定外だったろう。これはあの竜を強く憎悪していた。花冠が苦労して押さえ込んでいた理由の一つにそれがあったほどだ。
 今もそれは変わらない。全身の毛細血管に至るまで震えるように、裏で怨嗟を吐いている。



 それでも。
 だからこそ。

 意図せずして巻き込んでしまったからこそ、自分には彼女を、帰してやる義務があると感じていた。